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В стали и в огне - Курск видел девушку 鋼鉄と炎の中で ~少女の見たクルスク~

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クルスクの戦い(※Курская битва(クールスカヤ・ビートヴァ)』

それは第二次世界大戦中の1943年にソビエトのクルスク周辺で行われた戦闘の名称。

この戦いでは、ドイツ側約2800輌、ソ連側約3000輌の合計約6000輌の戦車が投入され、第二次世界大戦中に行われた数多の戦車戦の中でも、最も激しい戦車戦といえる戦いだった。

当時、18歳の少女だった私はこの戦車戦にソビエト陸軍の戦車兵……OT-34/76火炎放射器戦車の操縦主として従事したの。

その時の事は今でも手に取る様に覚えているわ……。

そして、時代は流れ、|あれから《クルスクの戦い》もう70年以上の時が経った……。

あの戦いを共に戦い、戦い抜いた戦友達は殆どが逝ってしまった……、恐らく私が唯一の生き残りでしょう……。

だけど、それももう時間の問題……。私も随分と年を取り、いつこの世を去ってもおかしくない年齢になりました……。

だから、今回はこの話を見ている皆さんに私……”ジーナ・マルコヴィチ・アリョーシナ(※Дина Маркович Алёшина)”が見た”クルスクの戦い”の一部をお伝えしましょう……。





……

………



まず戦争が始まるまでについて、話させてもらうわね……。

当時、私はオムスク州に住む普通の高校生だったわ。

家族は私を始め、農家の父と母、2歳年上の兄の4人家族……至って平凡な何処にでもいる普通の家族だったわ。

そして戦争が始まるまでは、決して裕福とはまでは言えないけれど、本当に幸せな日々。

朝起きて、身支度を済ませ、母の作ってくれた朝食を食べ、兄と共に高校に通い、授業を受け、学友達と共におしゃべりしたりして、一日を過ごした後は家に帰り、家事の手伝いをしたりした後、家族で夕食を食べ、明日の準備をして寝る……。

休日には、朝から兄と共に父が耕している畑に行って、父の手伝い。今思えば、この時にトラクターを操縦していた事が、私の運命を大きく左右したわね……。

そんな感じで本当に普通のどこの家庭でも繰り広げられる光景が広がっていたのよ。


だけど、それもファシストとの戦争が始まってからは全て一変したわ……。


戦争が始まって間もなくファシストは破竹の勢いで、次々と前線の軍を撃破しながら、モスクワへ向けて進撃し、ソ連はファシストの手に落ちる一歩手前寸前まで追い込まれた。
これを阻止するべくスターリンの指示の元、軍は多くの市民を徴兵し、次々と最前線に送っていった。

そう……。此処まで言えば、もう皆分かると思うけど、その送られた市民の中に父と兄も含まれていたの……。

当然、私と母は二人に行って欲しくなくて必死に止めようとしたけど、父と兄は覚悟を決めた様にこう言い放った。
「仕方ないんだ……、これが時代だ……。それに戦争が無くても、いずれ人は死ぬんだ。だから、悲しむ必要は無いんだ」
「ソビエトの漢として生まれた以上、祖国の危機には命を懸けて、立ち向かわないといけないんだよ……」
そう二人は笑いながら、言っていたが、家族の私には分かる……父も兄も出来る事なら、戦争なんて行きたくなかっただろう。
普通に明日も今日と変わらない日常を過ごして、平々凡々なまま、死んでいきたかったのだろう……。

そんな家族としての思いも空しく、父と兄は徴兵されるや否や、激戦の続くスターリングラードの攻防戦に間髪入れずに投入され……そして、戦死した。

あの日の事は今でも手に取る様に思い返すわ……。
軍の担当者が家にやってきて、「貴方方のお父様とお兄様は立派にスターリングラードで戦い、祖国を守りつつ、散っていきました」と淡々に告げ、私と母に遺留品を手渡したのを……。
その後の事は、よく覚えていないわ……。ただ私と母も狂ったように三日三晩、子供の様に泣き続けたのを覚えているわ……。

それから間もなく、父や兄を含めた多数の犠牲を払った末にソ連軍はスターリングラードの攻防戦で、ドイツに勝利し、ソビエトは祖国壊滅の危機から脱した。
この事に多くの軍人や市民たちが国旗を振って喜ぶ中、私と母は、そのスターリングラードの地で戦死した父と兄の事を偲ぶ日々が続いた。

そんな日々に母は疲れ切ってしまったのだろう……。

父と兄が亡くなったのを知らされて以降、病気がちになり、ベッドから1歩も動けなくなったかと思った矢先、父と兄の後を追う様に亡くなった……。

こうして18歳にして、天涯孤独の身になった私の中に1つの考えが沸き上がった……。

『そう……すべては戦争さえなければ、ファシストさえいなければ、家族全員で幸せな日々を過ごせたはず……』

もはや”逆恨み”以外の何でもない怒りの感情に胸の内を支配された私は、母の葬儀を済ませた後、直ぐにその足で軍の徴兵募集窓口に駆け寄り、軍へ志願したわ……。

当然、軍の担当者は私の顔を見て、最初、ポカンとした様な表情を浮かべていたわ。
私の様な何処にでもいる高校生ぐらいの少女が軍に志願するなんて、彼らの頭の中にはなかったんでしょう。
中には、私が男目当てでやっていた変わり者だとでも思ったんでしょう……。
「オイオイ、お嬢さん。自分達は忙しいんだ、冗談は後にしてくれよ」
なんて笑いながら言って、追い返そうとする者も居たわ。
そんな軍の担当者に対して、私は怒りを隠すことなく「ふざけないで!」と声を荒げ、彼らが書類等を広げていた机を拳で殴りつけながら、私が本気で軍に志願し、兵士として、戦場に赴くことを彼らに伝えたわ。

当然、最初こそ、彼らも私の懇願を本気で受け止める者はいなかったわ……。
先に述べた様に冗談だろうと思って、笑いながら、私を返そうとする者も居れば……。

「ふざけるな!女が戦場なんかで役に立つか!!黙って、家に帰って家事でもやってろ!!!」

……と、声を荒げ、憲兵隊を呼び、私を摘まみだそうとする者も居たかと思えば、私の事を一目見るなり、哀れむ様な目と口調で……。

「戦場は貴方の様な女性が行く場所ではありませんよ……」

……と、女性が戦場で戦うのは無理と決めつける者も居た。

私はそんな軍の担当者達のあしらいに怯む事無く、何日も、何日も徴兵募集窓口に出向き、私が本気である事、戦場に赴き、ドイツ兵を殺す覚悟がある事を訴え続けた……。
そんな日々が1週間ぐらい続いたある日、根負けしたんでしょう。一人の徴兵担当者が、こう言ったの……。

「君の熱意は良く分かった……では、何ができるんだね?戦場で役に立つことは?」

この事を聞いた瞬間、咄嗟に私に口から出たのは「トラクターの操縦が出来る」と言う事、そして間髪入れずにこう言ったわ……。

「私は戦車兵を志願します!」

……と殆ど無意識の内に言っていたの。

それと同時に私の軍歴は、此処から始まっていったの……。





……

………



それから、無事に陸軍への入隊を果たした私は間髪入れずに、戦車兵の訓練学校で戦車兵としての簡単な訓練と教育を受けたわ。

そして、此処でも私を始めとする女性兵士達に対する偏見じみた目はあったわね……。

「本当に女性が戦車を運用できるのか?」
「今すぐにでも、やめて家に帰った方が良いんじゃないのか?」
「別に今やめて、家に帰っても、誰も文句言わないぞ……」
「戦争なんて男の仕事だよ。女がやる物じゃない」

そんな偏見と心配、哀れみの様な同期の男性兵士や教官達の声や目を振り払う様に私達は猛訓練・猛教育に勤しんだわ……。

兵士としての基本的な体力錬成や射撃訓練に始まり、戦車の操縦方法やら、砲尾・主砲用照準器の操作方法に関する訓練を始め、主砲や車載機関銃の射撃訓練、エンジンを始めとする戦車を構成する機械部品のメンテナンスに関する教育等を受けたわ。

正直、今まで高校で習っていた勉強よりも遥かに難しくて、頭から白煙が何度も噴出し、正直、何度もやめたくなったわ……だけど、そんな考えが頭を過ぎるたびに……。

「今ここでやめてしまえば、私の家族を奪う事になったファシストへの復讐を果たす事が出来ない!」

と必死になって、同期達の誰よりも血眼になって食らいついたわ。

そんな努力もあってか、自分で言うのもなんだけど、私は訓練学校でも優秀な方だったわ。
やはり実家でトラクターに乗っていた……と言う経験が一番大きかったんでしょうね。

こうして無事に訓練学校を卒業した私は、卒業と同時に伍長に任命され、当時、ドイツとソ連軍の間で激しい戦闘が繰り広げられていたクルスクにいる戦車部隊への補充兵として、戦場に出向く事なったわ。

この時、私の胸の内は「これでやっと家族を奪ったファシストに一矢報いる事が出来る!」と言う喜びにも、近い感情でいっぱいだったわ。
それと同時に自分の「操縦する戦車がファシスト共の首都、ベルリンを蹂躙する日も来るはず!!」と、今となっては、何とも言えない感情が湧いていたわねぇ……。

だけど、そんな感情も実際に戦場に出てみると、あっという間に打ち砕かれたわ……。





……

………



~1943年 クルスク~

「貴様が補充兵だって?まだ子供、それに女じゃないか……。本当に戦えるのか?」

幾つもの軍用列車を乗り継ぎ、弾薬や燃料、飲料品等を満載した補給部隊のトラックに乗せてもらい、やっとたどり着いたクルスクの戦車部隊の後方司令部で着任早々、担当の少尉殿にこんな事を言われたわ。
もう正直、この種の事は言われ過ぎて、慣れていたので、私は「はぁ……」と軽くため息を吐きながら、こう言い放ったの。
「同志少尉殿、戦場に女も子供も関係ありません。私は戦う為に此処に来たのです。それに戦車兵としての能力は同志少尉殿にお渡しした書類に書いてある通りであります」
そう私がそう言い放つと少尉殿は軽く資料に目を通した後、「……ふむ、分かった」と言いつつ、資料を閉じつつ、机の上に置いて、こう続けた。
「同志伍長、君の着任を許可する。同時に君をセルゲイ曹長の指揮する火炎放射戦車133号車の操縦主に任命する。君の活躍を期待する」
「はっ!全身全霊で任務に当たらせてもらいます!!」
そう言って同志少尉に敬礼した後、私は同志少尉が手配してくれた伝令兵の操縦するGAZ-64に乗り、私の直属の上官となるセルゲイ軍曹、軍曹の指揮する搭乗員たちの元へと向かう。

そうして、暫く後ろの席で揺られた後、一台のT-34が私の目に留まったのと同時に車が止まった。
「此処だ!降りろ!!」
「ありがとうございます、同志」
そう言って車を降りると同時に私の視界に一台のT-34が移り込んでくる。
私は背嚢を背負いながら、改めてじっくりとそのT-34を見つめなおす。

砲塔両面にデカデカと書かれた「133」の文字、車体中に刻み込まれた銃弾や対戦車砲弾の跡、車体に備え付けられた火炎放射器は黒く煤けていて、如何にも実戦を経験した戦車である事を物語っていた。

(凄い……。これが本当の戦車なのか……)

訓練学校で、親の顔よりも、T-34戦車を見てきたつもりだが、その訓練学校で見た戦車にはない独特の迫力等に圧巻されていた時だった。
「んだ、テメェは?」
と荒々しい口調で話しかけられたので、私は戦車長のセルゲイ曹長かと思い、声のした方を振り向き、素早く敬礼した。
そこに居たのは、ウクライナ系の20代後半の男性戦車兵の姿だった。
「報告します!本日づけで、この133号車の操縦主として着任した……「あぁ!?補充兵!?しかも女ぁ!?」っ!?」
私の報告を遮る様にその男性は声を荒げながら、私の元に近寄ってくる。よく見ると手にはウォッカのビンが握られている。

(これはマズイ奴だ……!)

その様子を見て、そんな考えがワーッと胸の内から湧いてくる中、その男性戦車兵は既に出来上がっているのか、「ヒック!」としゃっくりしながら、こう続ける。
「へっ!どいつもこいつも、祖国の為だ、家族の為だと戦場に来やがる馬鹿野郎どもが……っ!!」
(な、何だろう、この人……?)
そう誰に向けていっているの分からない罵倒を言いながら、手にしたウオッカをグイッ!と飲み干す、その男性戦車兵を見てポカンとしていると、その男性戦車兵のウォッカは腹に吸い込まれ、空になった。
「チッ!もう空かよ……クソッ!!」
その空になったビンを見て、男性戦車兵は悪態を付いたかと思ったら、次の瞬間には、凄まじい勢いでウォッカの空瓶を戦車に向け、投げつける。
投げつけられたビンはパリン!と音を立てて、割れ、辺りに散らばっていく。
その様子を見て、再びポカンとしていると、ビンの割れる音に気付いてやってきたと思われるアジア系で20代前半の男性戦車兵が、ウクライナ系の戦車兵を窘める様にこう言い放つ。
「おい、コヴァーリ!また飲んでるのか?いい加減にしないと、またセルゲイ曹長に怒鳴られるぞ!!」
「ウルセー、バートル!お前だって、俺と同じ様に無理やり連れてこられた身分だろ!!飲まないとやってられない事ぐらい、分かるだろう!?」
「それとこれとは、別問題だ!!」
「チッ、真面目が!クッツソ、気分悪い!!ちょっと昼寝するから、起こすなよ!!!」
ウクライナ系の男性戦車兵は、アジア系の男性戦車兵にそう言って、戦車の下に引かれたシートの上に横になっていく。

その様子を見ながら、アジア系男性戦車兵は「ったく!」と呟いた後、ふと私の方を見て、やっと私の存在に気付いたのか、「あぁ……」と申し訳なさそうに言いながら、こう言葉を続けた。
「エーっと、君が補充の操縦主としてきた子なのかな?」
「あっ、ハイ!本日付で133号車の操縦主を任命されました、ジーナ・マルコヴィチ・アリョーシナ伍長であります!!本日から、宜しくお願いします!!!」
そう敬礼しながら、答えるとアジア系男性戦車兵は軽く微笑みながら、「そんな硬くならなくて、良いよ」と言いつつ、軽く敬礼しながら、自己紹介する。
「俺は装填主を担当している”ノランバートル(※Naranbaatar)”軍曹だ。呼び方はバートルで良い。何時までの付き合いになるか分からないけど、宜しく頼むよ、伍長」
「ハッ、ハイ!!」
そうバートル軍曹の言葉に返すと、バートル軍曹は、さっきのウクライナ系の男性戦車兵を横目で見ながら、彼を紹介する。
「んで、さっきのが通信主兼火炎放射器射手担当のコヴァーリ軍曹……。根は悪い奴じゃないんだが、どうも酒癖が悪くてね……。さっきは悪かったな……」
「い、いえ、気にしてません!」
バートル軍曹の謝罪とも受け取れる言葉に対し、そう気にしてない事を伝えるが、内心、先程、コヴァーリ軍曹が言っていた事が胸の家で引っ掛かっていた……。

まぁ……、何かしらの事情がコヴァーリ軍曹にあるんだろうけど……。

そんな事をふと思いつつ、私はバートル軍曹に問い掛ける。
「あのぉ……、バートル軍曹。戦車長のセルゲイ曹長は?」
「あぁ、曹長は今、整備班の所に顔を出しているよ。ちょっと予備の履帯を手配しにね」
「なるほど……」
とバートル軍曹の言葉に返した丁度、その時だった。
整備班のトラックが近くに留まり、そこから一人の30代の男性戦車兵が下りてくるなり、此方に向かってくるのが見えた。
「お、噂をすれば何とやら……って奴だな」
バートル軍曹がそう言いながら、横目で見つめる方向に顔を向けた私の視界に飛び込んできたのは……顔の左半分に痛々しい火傷の跡が付いた30代後半の髭を生やした男性戦車兵の姿。
その姿を見ると同時に、先のバートル軍曹の言葉と合わせ、私は直感的に彼が私の直属の上官にして、私の乗る戦車の戦車長兼砲手を務める”セルゲイ曹長”である事を悟り、素早く彼に向けて敬礼する。


そんな私の敬礼を見ながら、セルゲイ曹長と思われし、男性戦車兵は「ん?」と言わんばかりの表情で私を見つめつつ、バートル軍曹に問い掛ける。
「おい、バートル。誰だ、このガキは?」
「ハッ!補充要員の操縦主であります、曹長」
「補充要員だって……?」
バートル軍曹の言葉に対し、怪訝そうな表情を浮かべるセルゲイ曹長に対し、私は改めて敬礼しながら、自己紹介をする。
「本日付けで133号車の操縦主を任命されました、ジーナ・マルコヴィチ・アリョーシナ伍長であります!!本日から、宜しくお願いします!!!」
この私の自己紹介に対し、曹長は「……ふぅ」と息を吐きつつ、こう続けた。
「……戦車長兼砲手のセルゲイ・グラドビッチ曹長(※Сергей Градович)だ。改めて聞くぞ、伍長。お前が俺の戦車の新しい操縦主なんだな?」
「はい!その通りであります!!」
「年は?」
「18歳であります!!」
「……そうか」
私の言葉に対し、そう小さく呟いたセルゲイ曹長は「はぁ……」と深くため息をつきながら、こう言い放つ。
「伍長、悪いことは言わん……。今すぐ除隊して、言えに帰った方が良い……、除隊に関する細かい事は俺が何とかしてやる……」
「っ!!」
恐らく私が女性……それも年半場も行かない18の少女だからこそ、私の事を思い、心配しての発言……曹長なりの”優しさ”だったのだろう。
だが、今の私には、その様な優しさが却って癪に触り、私の怒りの感情を一気に沸騰・爆発させた。

「曹長!お言葉でありますが、私はファシストと戦う事を自ら望んで、此処に来たんです!!一度も戦わずに逃げ帰るような事は絶対にしたくありません!!!覚悟はもう既に決めております!!!!ファシストと戦い、少しで祖国の為に役に立てるのならば、たとえこの命、燃え尽きる様なことになっても後悔はありません!!!!!」

そう己の胸の内にある考えや思いを怒りの感情と共に、余すことなく曹長に伝えると、曹長は暫く私の顔を見つめた後、再び「……ふぅ」と息を吐きながら、”渋々”と言った様な口調でこう続けた。
「……分かったよ、伍長。君の覚悟は理解した。着任を許可しよう」
「ありがとうございます!」
曹長の言葉に対し、私が感謝の気持ちを述べた瞬間、曹長は「……だが」と短く呟いたかと思った瞬間、こう続けた。
「いくら覚悟していたとしても、戦場はそれすら軽く上回る過酷な場所だ……。それだけは、頭の片隅にでも常に入れておくんだな、伍長」
「りょ、了解!」
この”アドバイス”とも受け取れる曹長の言葉に対し、再び敬礼で返すと、曹長も敬礼で返し、更にこう言葉を続けた。
「明日の午前11時より、総攻撃が開始される。それに備えて、さっさと荷物をまとめたら、今日は早めに休んでおくんだ伍長。これは命令だ、分かったな?」
「ハッ、了解しました!」
「……よし。バートル、コヴァーリは?」
「いつもの様に飲んだくれてますよ」
「またか……ったく!バートル、悪いが少し手伝ってくれないか?整備班に無茶言って、何とか使える部品とかをかき集めてきた。それを運ぶのを手伝ってくれ」
「了解です、曹長」
曹長に三度敬礼すると、曹長は軽く敬礼で返しつつ、バートル軍曹を連れて、何処かへと向かっていく……。

その様子を見ながら、私は背負っていた背嚢を下ろしつつ、再び目の前に佇むOT-34を見つめた。

(これが私の担当する戦車……。そして私の力となる物……。これで家族を奪ったファシストに一矢報いるのよ……!!)

興奮と感動にも近い様な感情と共に、ようやく家族を奪ったファシストに一矢報いる事が出来る事への期待に胸を躍らせながら、私は曹長に言われた通り、荷物を片し、明日の作戦に向け、休む事にした。

同時に、この時の私はその抱いた感情や期待が一瞬で打ち砕かれる事を予想もしていなかったのだ……。





……

………



そして、迎えた翌日の午前11時。私の初陣となる作戦が開始された。
「Огонь!(※撃て!)」
「Катюша、Пожар!(※カチューシャ、発射!)」
前線の後方に展開する砲兵隊の指揮官がそう声を張り上げた瞬間、一斉に展開するM-30 122mm榴弾砲、B-4 203mm榴弾砲と言った榴弾砲が砲兵達の手によって、次々と一斉に砲撃を行い、それに続く様に同じく後方に待機するカチューシャロケットが次々とロケット弾を放っていく。
こうして放たれた砲撃、ロケット弾攻撃は次々と私の目の前に広がっているドイツ軍の前線に着弾、凄まじい爆炎と爆音、そして土煙を撒き上げつつ、地面を揺らしていく。
それと同時に間髪入れることなく、クルスク上空を我がソビエト空軍のTu-2爆撃機やIl-2シュトゥルモヴィークと言った爆撃機、攻撃機がYak-9戦闘機の護衛の下、ドイツ軍の陣地に容赦ない爆撃や銃撃を加えていく。

(これだけ派手にやれば、もう私達……戦車が無くても、ドイツ軍なんて全滅しているんじゃないのかしら?)

これら様子を前にし、戦車の傍で護身用火器のPPS短機関銃を背負いながら、その様子を見ていた私の胸の内には、そんな余裕にすら近い感情が胸の内に溢れていた。
一方、そんな私とは裏腹にバートル軍曹はタバコをふかしつつ、コヴァーリ軍曹はウォッカを一口飲みながら、いかにも「やってらんない」と言わんばかりの表情で、目の前で繰り広げられる我が軍の猛攻を見つめていた。
そんな私達3人に対し、私達の戦車の上に乗る戦車跨乗兵の指揮官と話していたセルゲイ曹長が私達の元にやってきながら、こう指示を飛ばす。
「おし!3人共、直ぐに戦車に乗るんだ!!攻撃開始を前に隊長及び司令官からの訓示があるそうだ」
「了解」
「りょ~かい……っと!!」
「了解しました!」
セルゲイ曹長の指示に対し、そう言葉を返しながら、私は戦車の操縦主用ハッチから、車内へと乗り込んでいく。
そして乗り込んだと同時に無線マイクから、自分達の隊の隊長の声が飛び出してきた。

『第30戦車軍団隊長のウラディミール・キリチェンコ(※Владимир Кириченко)中佐である!第30戦車軍団の兵士達に次ぐ!!これより、第4装甲軍司令の訓示がある心して聞け!!!』

そう隊長の言葉が聞こえてきたかと思った次の瞬間には、まだ顔を見た事すらない司令官の言葉が無線機から、飛び出してくる。

『あー……兵士諸君、私は第4装甲軍司令のパーベル・ヤコブレフ(※Павел Яковлев)中将である!現在、我々はこの戦争における重要な局面に直面している!!このクルスクでの勝利こそ、この戦争における勝利に繋がると言っても何ら過言では無い!!!諸君らの奮闘でファシスト共を地獄へと突き落とすのだ!!!!各自、命ある限り奮闘せよ!!!!!』

そう勇ましく中将が訓示を述べた後、再び無線機からは、隊長の声が聞こえてくる。

『兵士諸君、今の中将のお言葉通り、我々はこの戦争における重要な局面に直面している!我々の戦いが偉大なる祖国ソビエトの明日を決定する!!その為にも、目の前にあるドイツ軍の前線を突破し、ファシスト共を粉砕せよ!!!攻撃開始は5分後、赤の照明弾が合図だ!!!!それでは、幸運を祈る!!!!!』

そう言って無線が切れると同時にセルゲイ曹長が「……ふぅ」と息を吐いた後、声を張り上げ、私達に向け、こう言い放つ。
「今の聞いたな……?聞いたなら、さっさと戦闘準備だ!!伍長、エンジン始動!!!」
「了解っ!!」
私はセルゲイ曹長の指示に従い、戦車のエンジンを始動させつつ、操縦桿を握りしめ、のぞき窓から見える光景を見据える。
それと同時に傍にいるコヴァーリ軍曹は火炎放射器を構え、装填主のバートル軍曹は次発装填用の75㎜砲弾を抱えて踏ん張り、戦車長兼砲手のセルゲイ曹長は照準器を覗き込んでいく。

そして、クルスクの空に赤い照明弾が光った!攻撃開始の合図!!

その合図と共に何処から、ともなく大声で我が軍の兵士達が叫ぶ!!

『『『Ураааааааа!!』』』

戦車の分厚い装甲越しですら、ハッキリと聞こえてくる叫び声に交じり、セルゲイ曹長が叫ぶ。
「伍長、戦車前進だ!!」
「了解っ!」
そう返しながら、私は操縦桿を前に倒し、アクセルを踏み込んだ。
瞬間、ブォン!と言うエンジン音と共にマフラーから黒い煙が吐き出されたかと思った次の瞬間には、私達の戦車は前進を開始、それと同時に周りにいた他の戦車達も一斉にデサント兵を乗せながら、前に進んでいく。


その間に戦車の車内には凄まじいエンジン音、履帯と地面の触れる際になる金属音等が鳴り響き、覗き窓からは、前線に向けて進撃する見方の戦車や歩兵達の姿が見えていた。

(圧倒的じゃないの!これならファシスト共なんて、赤子の手をひねる様なものだわ!!)

操縦主用の覗き窓から見える光景を前に、また興奮にも近い様な感情が湧いてきた次の瞬間だった。
「くるぞ!」
と言う曹長の言葉が耳に入ってきたかと思った次の瞬間、すぐ目の前を走っていた味方の戦車が被弾したかと思った次の瞬間には、大爆発と共に炎上。
上に乗っていたデサント兵達が爆発に巻き込まれ、まるで落ち葉の様に軽々と宙を舞う光景が目に飛び込んでくる。

(えっ!?)

その光景を前に私が何が起きたかと理解するよりも先に、次々と目の前の前線で待ち構えていたドイツ軍の防衛部隊による銃撃や対戦車砲による攻撃が次々と飛んでくる。
(!?!?!?)
それを前に私が唖然とするよりも先に飛んできたドイツ軍の歩兵による銃撃が、次々と私達の乗る戦車の装甲に次々と着弾し、凄まじい金属音が車内中に鳴り響いた。

ガン!ガン!ガン!
音にすると、こんな感じの凄まじい音を前に私は思わずビックリして、アクセルから足を放しそうになるが、それよりも先に曹長の怒号が車内にこだまする。
「伍長、戦車を止めるな!進路、そのまま!!!敵陣に突入しろ!!!」
「りょ、了解!!」
曹長の言葉に対し、そう復唱を返しつつ、私は操縦桿を握る手に力を入れ、更にアクセルを踏み込み、戦車を敵陣に向けて、突入させていく。
この間にも、私達の戦車を含めたソ連軍攻撃部隊を迎撃するべく、次々とドイツ軍による阻止攻撃が行われ、それによって私達と共に攻撃していた味方は次々と脱落していく……。

ある所では、胸に銃撃を受け、胸からおびただしい量の血を流しつつ、更に口からバケツをひっくり返したような量の吐血をしながら、崩れ落ちる歩兵が居れば。
またある所では、ドイツ軍の対戦車砲の直撃を受け、炎上する戦車の中から、火だるまになりつつ、脱出するも、容赦ないドイツ軍の銃撃によってハチの巣になって、絶命する戦車兵の姿が……。

(なんで!?なんで!?どうして!?あれだけの攻撃をしたのに、どうして、これだけの戦力をファシスト共はもっているの!?)

まさに「この世の地獄の蓋が開いた」と言わんばかりの想像を絶する光景が目の前で、繰り広げられているの戦車の除き窓越しに見ながら、胸の内一杯、一杯に恐怖心が湧いてくるのを感じていると、またセルゲイ曹長の怒号が聞こえてくる。
「伍長、戦車停止!2時方向に対戦車砲だ!!砲撃する!!!」
「りょ、了解っ!」
曹長の指示に従い、ブレーキを踏み込みつつ、私が戦車を停止させると、曹長は素早く照準器を覗きながら、主砲用旋回装置を操作し、主砲をファシスト共の対戦車砲に向け、照準を定め、照準が定まるや否や、間髪入れずに主砲のトリガーを引く。
瞬間、車内に凄まじい75㎜砲の砲声と衝撃波が鳴り響き、勢いよく砲尾が後退し、空薬莢が吐き出され、ガラン!と音を立てて、車内へと転がっていく。
それと同時に主砲から離れた砲弾は一直線に敵の対戦車砲を目掛けて飛んでいき、対戦車砲の近くに着弾すると同時に炸裂し、対戦車砲を一瞬にして鉄くずへと変えた。
「対戦車砲、撃破!次弾装填、急げ!!」
「了解!」
照準器越しに対戦車砲の撃破を確認した曹長の指示に従い、バートル軍曹が次の砲弾を装填するが、この間にも、次々とドイツ軍の反撃は止む事無く次々と降り注いでくる。

そして、私達の乗る戦車もその反撃の対象の例外ではなく、さっき対戦車砲を撃破したかと思った次の瞬間には、何処かしら飛んできた攻撃が凄まじい音と共に近くに着弾し、戦車を激しく揺さぶる。
「っ!?」
「うおっ!!」
「ぐっ!!」
この攻撃に対し、私だけではなくバートル軍曹やコヴァーリ軍曹も驚く中、セルゲイ曹長が「怯むな!!」と声を荒げつつ、指示を飛ばす。
「正面、約150mの塹壕にパンツァーシュレックを持った奴がいる!コヴァーリ、火炎放射を喰らわせてやれ!!」
「了解っ!おい伍長!!戦車を正面に向けて、塹壕に向けて前進させろ!!!」
「りょ、了解!!」
そう言うコヴァーリ軍曹の言葉に従い、私はまた操縦桿を握りしめ、戦車を方向転換させると、アクセルを踏み込み、塹壕に向けて、戦車を前進させていく。
それに対する塹壕内のドイツ軍もパンツァーシュレックだけではなく、束にした手りゅう弾や火炎瓶、ライフルグレネード等を撃って、私達の乗る戦車を迎撃するべく攻撃してくる。
「……っ!!」
その攻撃を前に私の胸の内では、先程の興奮と余裕が消え去り、得体の知れない恐怖で埋め尽くされていたが、この間にも、私の操縦する戦車は塹壕に向け、前進していく。
そして、ある程度、前進した時、火炎放射器を構えていたコヴァーリ軍曹が叫んだ。
「伍長、戦車停止!!」
「くっ!!」
このコヴァーリ軍曹の指示に従い、私はブレーキを全速力で踏み込み、戦車を急停止させる。
瞬間、上に載っていた埃などがザッ!と舞い上がる中、コヴァーリ軍曹が叫ぶ。
「オラァ!喰らえ、ファシスト共!!」
コヴァーリ軍曹がそう叫びながら、握りしめた火炎放射器のトリガーを引くと『ゴーッ!』と言う音と共に勢いよく火炎放射が噴射され、塹壕内にいるドイツ兵達を焼き払う。
それと同時に、その火炎放射の直射を受けた数人のドイツ兵が絶叫しながら、塹壕から飛び出してくる。

『Gyaaaaaa!!(※ギャアアアアアア!!)』
『Heiß! Heiß!!(※熱い!熱い!!)』
『Mama!!(※ママー!!)』

「ッッ!!」

戦車の装甲越しにすら聞こえてくるドイツ兵の絶叫、そして目の前で業火に焼かれるドイツ兵の姿を前に私は思わず息の飲んだ……。

無論、自分が居るのは戦場であり、目の前で繰り広げられる光景が戦場では、日常的に繰り広げられている事ぐらいは、頭の中では理解していたつもりだし、散々見る事になる事ぐらい、当の昔に覚悟していていたはずだった……だが、そんな理解と覚悟を目の前で繰り広げられる光景、そして耳に入ってくる絶叫は簡単に打ち砕いたのだ……。

「……ハッ!ッッ!!」

私は何とか目の前で繰り広げられるおぞましい光景を前にして、荒ぶる息を何とか抑えようするが、そんな私の意思を無視するかのように息は更に荒くなり、自然と歯をガチガチ!と鳴らし、恐怖していたが、そんな私の事など、お構いなしに戦闘は続く。

そんな戦闘の想像を絶する恐怖を前に固まってしまっていた私を動かしたのは、セルゲイ曹長の怒号だ。
「……おい!伍長!!おい!!!伍長!!!!聞いているのか!?」
「ハッ、ハイ!」
この怒号に我に返った瞬間、再び曹長の怒号が車内中に響き渡る。
「何をボーっとしている!お前が戦車を走らせなければ、皆死ぬんだぞ!!分かってるのか!?」
「ス、スイマセン!!
「誤っている暇があるなら、さっさ戦車を転がせ!馬鹿野郎!!11時の方向!!!前進しろ!!!!」
「りょ、了解っ!」
このセルゲイ曹長の怒号で我に返ながら、私は思いっきりアクセルを踏み込みつつ、操縦桿を前に倒し、再び戦車を走らせていく。
私が戦車を走らせると同時に、セルゲイ曹長は今度は主砲の同軸機関銃であるDP28軽機関銃のトリガーに指を掛けたかと思った次の瞬間には、機関銃のトリガーを引き、機関銃を撃ちまくる。
それと同時に隣にいるコヴァーリ軍曹も、先程と同じ様に火炎放射器のトリガーを引き、轟音と共に火炎放射をドイツ兵に浴びせていく。
このセルゲイ曹長による銃撃とコヴァーリ軍曹による火炎放射により、目の前で私達を迎撃しようと立ちふさがったドイツ兵達は次々と銃弾に倒れるか、火炎放射器の業火に焼かれ、次々と絶命していく。

「っ!っ~~~~~!!!!」

その様な想像を絶するおぞましい戦場の光景を、僅か15㎝程度の戦車の除き窓から、見ながら、恐怖の余り、どうにかなってしまいそうな我を何とか保ちつつ、戦車を走らせていた時だった。
『Steigen Sie ab! Steigen Sie ab! Rückzug zur Reservebasis!(※下がれ!下がれ!予備陣地まで後退しろ!!)』
「伍長、戦車停止!」
ドイツ語で何かしら、叫びながら、後退していたドイツ軍の小隊が覗き窓から見えた瞬間、セルゲイ曹長が戦車停止の指示を飛ばす。
その指示に従い、私が再びフルブレーキで戦車を停車させた瞬間、曹長は主砲のトリガーを引き、轟音と共に主砲を発射。
間髪入れずに砲尾が勢いよく後退し、空薬莢が車内に吐き出されると同時に主砲から飛び出した砲弾が、その後退するドイツ軍の一団の近くに着弾し、凄まじい爆音と共に炸裂、後退していたドイツ軍の一団を軽々と吹き飛ばした。
この砲撃により、何人かは絶命したようだが、着弾点から少し離れた場所にいた3人のドイツ兵は負傷こそしていれど、まだ動けるようで何とか逃れようと必死に悶えていた。
だが、セルゲイ曹長はバートル軍曹が次弾を装填する傍で、そんな3人のドイツ兵に向け、再び機関銃を射撃し、次々と銃弾を浴びせていく。
『Gaa!!(※ギャア!!)』
『Goe!!(※グエッ!!)』
『Beeindruckend!!(※ウワッ!!)』
この銃撃によって二人のドイツ兵が胸やら、顔面から血を吹き出しつつ、絶命するが、もう1人のドイツ兵は致命傷こそ避けた物の脚をやられたらしく、脚の撃たれた個所を抑えつつ、私達の戦車の進路の前に転がり込んだ。

(このまま進めば、轢いてしまう!)

覗き窓越しにその光景を見て、そう思った私が戦車の進路を変えようとした時、傍にいたコヴァーリ軍曹が鬼の様な形相で私に向け、叫んだ。
「おい!何を避けようとしているんだ!?引き殺せ!!」
「えっ!?」
コヴァーリ軍曹の言葉に思わず、己の耳を疑い、コヴァーリ軍曹に問い掛けようとするよりも先に、コヴァーリ軍曹はこう続けた。
「お前、ファシストを殺すために来たんだろ!?さっさと轢き殺せ!!」
「っ、っっつ!!」
コヴァーリ軍曹の『轢き殺せ』というワードを前に、私は心臓が破裂しそうな程、激しく鼓動を打つのを感じた。

無論、頭の中では理解していたし、自分自身、そのつもりで此処に来ている……。
だが、実際に人を殺すとなると、まだ人としての良心がそれを拒んでしまう……。
まだ心が「人間」であろうと必死に堪えている……。
その良心を振り切って、目の前の命を殺さないといけない……。それが私のやるべき事……。
私の家族を奪ったファシストに一矢報いる為に……私は……、目の前の命を……、”殺す”のだ。

殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す……、殺してやる!!

そんな考えと共に”人としての何か”がバリン!と音を立てて壊れるのを感じたのと同時に、私は無意識のうちに……。

「う゛あ゛あ゛あぁっ!!」

と叫びながら、戦車のアクセルを思いっきり踏み込んだ。
瞬間、ブォン!と言うエンジン音と共にマフラーから、真っ黒な黒煙を吹き出し、戦車は加速し、一気にその倒れ込んだドイツ兵を向かって走っていく。
『Hey, hör auf! Bitte tun Sie dies nicht!! Hua Aa aa!!(※や、やめろ!やめてくれ!!ウワアアアアッ!!)』
「っつつつつっ!!」
私の突き進む先にいる、そのドイツ兵は己に向かって突き進んでくる私の戦車を前にして、そんな事を言いながら、手をかざしながら、決して聞かれることの無い命乞いをしてくる。
だが、私はそれを無視する様に私は戦車のアクセルを踏み込み、さらに加速させていく……。そして……。

『Annaaaa!!(※アンナァァァァ!!)』

と言う、ドイツ兵の”最後の叫び”を戦車の装甲越しに聞いたかと思った瞬間、私の耳に飛び込んできたのは……。

ボキッ!グチャ!!バキバキィイィッ!!

……と言った血が飛び散る音と共に肉が引き裂かれ、骨が砕かれ、五臓六腑がグチャグチャになる”耳障りな音”だった。

「っ~~~~~~!!」

それと同時に私の心の中で、また何かがバリン!と音を立てて、崩れ落ちていくのを感じた……。

(殺してしまった……、私が人を……)

そんな考えが頭の中をグルグルを駆け巡り、恐怖とも罪悪感とも言えない複雑かつ、説明のしようが無いが無い”どす黒い感情”に胸の内が支配されるの感じた。
それと同時に心が限界を迎えてしまったのだろう……、全身の骨がガタガタを震え、目からは涙が自然と溢れ出てしまっていた。
更には幼い子供の様に小水と|汚穢《おわい》を失禁してしまい、ズボンとパンツ、操縦主席の座席を濡らしつつ、車内に鼻が曲がってしまいそうなアンモニア臭と小水を垂れ流しながら、更に臀部を中心にパンツの中に泥濘の様な汚穢をぶちまけてしまっていた……。

だが、そんな私の事など知る由もなく、まだまだ戦闘は続く。
「っつあ゛あ゛あ゛ーーーッ!!!」
もはや人としての大切な物が壊れ、何処か吹っ切れた感すらあった私は、そう叫びながら操縦桿を握りしめつつ、戦車を操縦し、クルスクの戦場を掛けていくのだった……。





……

………



それから暫くして、ようやく作戦は終了した……。


司令部からの『作戦終了!』の無線連絡と共に私は操縦主ハッチを勢い良く開け、戦車の外に転がり落ちる様に車外に出た。
辺りには、焼け焦げた味方のT-34やKV-1、ファシスト共のⅣ号や突撃砲と言った戦車や対戦車砲の残骸を始め、両軍の兵士達の死体等がゴロゴロと転がっている中、私はそれに目を暮れる事もなく、ヨロヨロと老人の様にふらつきながら、うなだれる様に戦車にしがみ付いていた。そうしないと、もう立っていられないぐらいに心身共にボロボロだった……。
「はっ……!はぁ……!!はあ……ッ!!!」
時間にして、数時間程度ながらも、余りにも想像を絶する光景を前にして、戦車帽を脱ぎ捨てる様に外しつつ、激しく荒ぶる息を何とか整えようとするが、それよりも先に私は強烈な吐き気に襲われ、成す術もなく嘔吐してしまう。
「う゛う゛っ……、ウ゛エ゛エエエエッ!!」
声にならない叫びと共に私の口や鼻からは、酸っぱい匂いと共に胃液やら、昨日食べた物が勢いよく吹き出し、地面にビチャビチャと耳障りな音を立てて、落ちていく。
それと同時に一緒に緩んでしまったのか、私は戦闘中にも、盛大にぶちまけてしまったというのに、再び下半身の前と後ろから、小水と泥濘みたいな汚穢を吹き出してしまい、ズボンやパンツを汚してしまうのだった……。
「はぁ……、はぁぁぁ……」
もう「恥ずかしい」とか、「情けない」なんて物を通り越して、『無様』としか言いようがない状態になっている私は上からも、下からも出せる物を全て出し切ってしまった後、まるで糸の切れたマリオットの様に地面にへたり込んでしまう。
そんな私に対し、私の次に戦車から出てきたバートル軍曹が水筒を片手に私の元に駆け寄ってくる。
「おい、大丈夫か?とりあえず、水飲め」
「あ、ありがとうございます……」
私はそう言ってバートル軍曹が渡してくれた水筒を受け取ると、蓋を開け、中に入っている水を一気に喉へと流し込んでいく。


そうすると、さっき嘔吐した際に喉に残ってしまった胃液が洗い流され、喉のヒリヒリ感が収まっていくのと同時に、さっきの様子を見て、心配してくれたバートル軍曹が背中をゆっくりと摩ってくれたおかげで、少し気分が楽になった様な気がした……。
「大丈夫か?」
「は、はい……。少し落ち着きました……」
そう言って背中をさすってくれているバートル軍曹に水筒を渡していると、バートル軍曹の後に続いて、戦車を下りてきたコヴァーリ軍曹が「けっ!」を悪態を付く様にこう言い放つ。
「無様だな!昨日はアレだけ言っていたのに、いざ実戦となったら、泣くは、小便だの、糞だの漏らすわ、ゲロ吐くわ……ざまぁねぇな!!!」
「おい!彼女は今日が初めて実戦なんだぞ!!これぐらいなって当たり前だ!!!むしろ、彼女はよくやってくれた方だ!!!!そういうお前こそ、彼女が来る前、ファシスト共の対戦車砲の直撃を喰らった際に『やられた!逃げろ!!』何て言って、真っ先に戦車から逃げ出したくせに!!!!!曹長が『間違えて、自分が脱出の指示を出した』って、庇ってくれなかったら、督戦隊(※Сентай (группа))に敵前逃亡罪で処刑されていた立場だったんだぞ!!!!!!分かっているのか!?」
「んだと、コノヤロー!?」
そう言ってバートル軍曹の言葉にキレたコヴァーリ軍曹が、立ち上がり、バートル軍曹の元に近寄ろうとするが、それよりも先にセルゲイ曹長の罵倒が鳴り響く。
「お前ら、いい加減にしろ!!」
「「っ!?」」
このセルゲイ曹長の罵倒にバートル軍曹とコヴァーリ軍曹が、驚いた様子でセルゲイ曹長の方に顔を向けるを見て、曹長は声を荒げなら、こう続ける。
「俺の指揮下じゃ、喧嘩は許さん!もし次、喧嘩する様なことがあれば……俺がその場で”撃ち殺す”!!覚えておけ!!!」
「「りょ、了解っ!!」」
腰のホルスターから、トカレフ拳銃を引き抜きつつ、ドスの聞いた声で尚且つ、絶対に冗談を言う様な表情ではない、鬼神の様な表情で、そう告げる曹長の余りの迫力にバートル軍曹とコヴァーリ軍曹は共にさっきまでの威勢を失くしてしまっていた。


そんな二人の表情を見ながら、曹長は「ったく!」と呟きつつ、こう続けた。
「おい、バートル。今から補給所に行ってメシを受領してくるから、手伝え。」
「了解」
「んで、コヴァーリ。お前は戦車の中、操縦主席付近を掃除しておけ」
「えっ!?|アイツ《私:ジーナ》の小便とか糞を片付けろって、言うんで……「あ゛?」やります!やります!!今やります!!!今すぐやります!!!!」
そう言って指示を出した曹長の指示に従い、バートル軍曹は曹長の手伝い、コヴァーリ軍曹は戦車内の掃除を始める中、私に向けて、曹長はこう告げる。
「伍長、この先、少し行った所に川がある。そこ行って、体と服、洗って来い」
「は……、はい……。分かりました……」
私は嘔吐物で汚れた口の周りを軍服の袖で拭いながら、そう答えると曹長は車内から”ある物”を取り出し、私に手渡した。
それはドイツ兵から、捕獲したドイツ軍の短機関銃……MP40だった。
「一応、ここら一帯は|俺達《ソ連軍》が確保しているが、まだ隠れているドイツ兵もいるかもしれんから、これを持っていけ。ファシスト共の短機関銃だが、流石はドイツ製と言った所だ、なかなか良い銃だぞ。使い方は分かるか?」
「はい……。敵武器の使用方法については、訓練学校で習っています」
「よし……じゃあ、行ってこい。警戒を怠るなよ」
「……了解」
そう言って私がMP40を手に川へと向かうと同時に、セルゲイ曹長達も各々のやるべき事に取り掛かるのだった……。





……

………



それから暫くして、セルゲイ曹長の言っていた川にやってきた私は戦闘中、戦闘後にしでかしてしまった己の穢れを川の水で洗い流していた……。
上からも、下からも、体中にある穴と言う穴から、全ての穢れを垂れ流してしまった今の自分からすれば、近くに川があったのは、本当に”不幸中の幸い”と言った所だわ……、川のおかげで直ぐに体も汚してしまった軍服や下着を洗う事が出来るのだから……。
他の戦域では、水の確保に一苦労している所があり、洗濯や風呂はおろか、普段の飲み水にすら困っている所もあると噂で聞いている……。

そんな戦域で、今みたいにしでかしてしまったら……、考えたくもないわね……。
恥ずかしいとか、惨めなんて、もんじゃないわ……、もう自殺ものよ、自殺もの!

”最悪の状況”を、頭の中で考えてしまった事に後悔しながら、私は来ていた軍服や下着をすべて脱ぎ、”布一枚、身に着けてない産まれた時の姿”で、己の穢れと汚してしまった軍服のズボンや下着を洗っていた……。
「……ハァ」
川の水で念入りに洗っている間、私はもう何度目になるか分からないため息を付くと同時に、本当に惨めで負け犬でもなった様な気分になっていた……。
自分の糞尿を垂れ流してしまった下着を洗っている18歳なんて、普通だったら絶対に居ないのに……。本当に惨めだわ……。

だけど、それ以上に覚悟を決めてきたはずの戦場だというのに、何もできず、無様な様子を晒し、更には仲間達の脚を引っ張てしまった事の方が、何倍も惨めだったわ……。

家族をすべて失い天涯孤独となった日に「家族を奪ったファシストに一矢報いるんだ!」と固く誓い、徴兵担当者と何度も大喧嘩しながら、ようやく掴んだ軍歴なのに……。
厳しい戦車兵としての訓練の日々においてでも、「絶対にファシストを許すつもりなんてない!!」と決死の思いで嚙み付き、戦車兵になったと言うのに……。
なにより自ら望んで、戦場に戦いに来たって言うのに……。それも全部戦場では何の役に立たない甘い考えだったんだなぁ……。

「ッ……、ハァー……、ッツ!!」

そんな己の覚悟や決意、信条などを全て打ち砕かれてしまった事に思わず、目に涙が潤んでしまう中、それを振り切る様に己の糞尿で汚してしまった下着を川の水で洗っていた時、突然、近くの草むらが「ガサッ!」と言う音を立てて、揺れた。
「!!」
それに気づいた私は素早く、洗っていたパンツを近くに投げ捨てつつ、素早く上着を羽織るとMP40を手に取り、安全装置を解除し、コッキングハンドルを引き、薬室に初弾を送り込む。

(我ながら、布一枚も付けていない素の状態で、よく此処まで動けるようになったものね……)

アレだけ無様な醜態を晒しつつも、軍人としての基礎が叩き込まれている事をひょんな事から、再認識しつつ、私はMP40を握りしめ、音のした方に銃口を突き付け、叫んだ。
「Стой !Ты кто?(※止まれ!誰だ!?)」
そう大声で叫びつつ、MP40のトリガーに指を掛けた時、聞こえてきたのは、聞き覚えのある声だった。
「伍長か?」
「せ、セルゲイ曹長ですか?」
「あぁ、そうだ。そこに居るのか?」
高い草に隠れて姿こそ見えないが、確かにその声はセルゲイ曹長の物だった。

(危ない……、もう少しで撃っちゃう所だったわ……)

草の向こう側にいるのが、セルゲイ曹長だと言う事で、ドイツ兵じゃない&上官を誤射しなくて済んだ事にホッとしながら、MP40の銃口を下ろすと再び草越しに曹長が話しかけてくる。
「あー、伍長。とりあえず補給担当の奴になんとか、骨を折ってもらって、新しい下着とズボンを貰って来たから、それを着ろ。それと拭く物、持ってきてやったから、使え。投げるぞ!」
そう言って曹長は草越しに荒々しくバサッと補給所から貰って来た、代わりのズボンと下着、そしてウエスか何かだったと思われる布を私の近くに投げてくれた。
「あ……、ありがとうございます……」
「俺は此処で一服してるから、何かあったら、直ぐに呼べ」
「わ、分かりました……」
私は曹長にそう一言礼を言って、投げてくれた布で体を拭き、替えの下着に足を通した。
因みに下着は男物の下着だが、今の状況では、何らおかしな話ではない……。この戦争に従軍している私以外の女性兵士も、殆どが男物の下着を付けているのだから……。それだけ激しい戦争なのだ……。
そんな事を頭の中で感じつつ、ようやく乾いた下着を付けられる事に若干の喜びを感じつつ、替えのズボンに足を通し、羽織っていた上着を改めて着た私は、MP40と洗った下着やズボンを手にゆっくりと曹長の元に向かう。


少し草の中を進んだ先にいた曹長は、近くにあった座るのに適した形の岩に腰掛けつつ、タバコをふかしていた。
「曹長」
「お、着替えたか。伍長」
私が曹長を呼ぶと曹長は、火のついたタバコを片手に私の方を振り返りつつ、「ふぅ……」と煙を吐きながら、こう続けた。
「とりあえず、座れ。軽く話そうじゃないか、伍長……」
「は、はぁ……」
曹長がそう言って、私を直ぐ近くに座る様に言うので、私が言葉に甘えて、近くの岩に座ると曹長はタバコの箱を手にこう聞いてくる。
「吸うか?」
「……ありがとうございます」
そう言いながら、私がタバコを箱から1本取ると、軍服の胸ポッケにタバコを仕舞っていく曹長。
よくよくタバコの箱を見ると『Gerbesolte(※ゲルベゾルテ)』と書いてある。これはドイツ軍で支給されているタバコの1つだ。
恐らく戦死か、捕虜になったドイツ兵から頂いた”戦利品”なんだろう……と、そんな事を思いつつ、タバコを指で挟んでいると、曹長がライターでタバコに火をつけてくれた。
私は、その火のついたタバコを思いっきり吸うが、如何せん、これが”初めて吸うタバコ”なので、上手く吸う事が出来ずに煙が気管にでも、入り込んでしまったのだろう、私は思いっきりむせ込んでしまう。
「ゴホッ!ゴホッゴホッ!!」
「タバコを吸うのは、初めてなのか、伍長?」
「は……、はいっ……、ゴホッゴホッ!!」
「ハハッ、大人ぶろうとするからだ」
そう言ってまだむせている私を見ながら、曹長は軽く笑っていた。

(この人も笑うんだ……)

むせて苦しくなった呼吸を何とか整えつつ、そんな事を思っていると、再び「ふぅ~……」とタバコの煙を吐いた後、曹長が私に顔を向け、こう聞いてきた。
「なぁ、伍長……。お前は”戦う為に此処に来た”と言っていたな……。今度は、その戦う理由とやらを教えてくれないか?」
「えっ?」
突然、出された大真面目な質問を前に思わず豆鉄砲を喰らった鳩の様な表情になってしまったが、自然と嫌な気はしなかった。
昨日までの私だったら、絶対に「そんな事言って、同情なんかいりませんよ!」とでも言っていたのだろうが、今日の戦闘で泣くわ、漏らすはで、無様な様を見せつけてしまった以上、もう半場、どーでも良くなっている感すらあった為でしょうね……。
私は素直に軍に志願し、此処に来るまでの経緯を曹長に話す事にした私は「まぁ……、あまり面白い話じゃないんですけどね……」と切り出し、全てを曹長に話した。

「そうですねぇ……、少し長くなりますけど……」

戦争が始まるまでは、平凡な高校生だった事……。
優しい両親と兄に恵まれ、決して裕福では無いが、幸せな家庭だった事……。
この時、父の手伝いでトラクターの操縦をしていた事が、戦車兵になるに当たって役に立った事……。
戦争が始まった為、父と兄は徴兵され、スターリングラードで戦い戦死した事……。
父と兄が戦死したショックから、母は病気になり、倒れ、この世を去った事……。
父も、母も、兄も居ない今、自分は天涯孤独の身である事……。
そして、今自分が軍に志願し、ココにいるのは、家族を奪った”ファシストに一矢報いる為”であると言う事……。

「って、感じですね……」

これら全てを曹長に話した後、私はまだ火の付いている煙草を口に加え、ゆっくりと吸っていく。
今度は吸い方が旨かったのか、むせたりはしなかった。
「なるほどな……、お前が戦う理由は良く分かった……」
「ありがとうございます……」
私が軍に志願し、戦場に来た理由に一定の理解を示してくれたセルゲイ曹長に対し、感謝の念を伝えながら、私は残っていたタバコを口に咥え、吸い切るように吸う。
そんな私の傍でセルゲイ曹長は先に吸い終えた、タバコの火を座っていた岩に押し当て、もみ消しつつ、こう口を開いた。
「ただ伍長……、これだけは言っておく……。戦場では、その様な熱い思いも、志も、信念も何の意味もない……。ましてや、正義なんてどこにもない……。ただ生きるか、死ぬか……、殺すか、殺されるか……、それだけだ……。”前の戦い”もそうだった……」
「前の戦い……ですか……?」
一見すると、私の戦う理由に”ケチ付けた”だけかと思ったが、私は曹長の言った『前の戦い』と言うワードが引っ掛かり、少し考えた末にこう返した。
「曹長……、前の戦いと言うのは……、”スペイン内戦(※Гражданская война в Испании)”の事ですか?」
「……そうだ、良く知っているな?」
「昔、新聞で見た記憶があります……と言っても、あの時は本当に中学生ぐらいだったので、うろ覚えなんですけどね」
「知っているだけでも、偉いもんさ……」
そう言いながら、火を消したタバコをそこら辺の草むらに放り捨てた。

その後、私の方を改めて向くと、曹長はゆっくりと”己の過去”を語りだすのだった……。
「あの時の俺は何も知らない馬鹿な20代のトラック運転手の若造だったよ……。毎日、仕事終わりに酒場に行き、浴びる様にウォッカを飲み、気の合うツレ達と馬鹿みたいに騒いで、職場じゃ上司や届け先の客としょっちゅう口論……、殴り合いした事すらあったな……。兎にも角にも、バカみたいな生き方していたよ……」
「曹長も若いころは、やんちゃしていたんですね……」
「ハハッ、そうだな……。あのときは本当に人生で一番楽しかった時期かもな……」
再び軽く笑いながら、曹長は胸ポッケにしまっていたタバコの箱を取り出し、中からタバコを1本取り出すと、口に咥えつつ、火を付けた。
そうして、暫く曹長はタバコを吸った後、「……ふぅ」と煙を吐きながら、こう続ける。
「んで、スペイン内戦が始まると俺は徴兵され、戦車兵……装填主として国際旅団に参加したんだ。正直、徴兵された当初は『ソ連が本気で介入すれば、すぐにこんな内戦なんて、終わるだろう』と思っていたよ……。それ所か、まるでスペインに旅行にでも行くような気分だったな……『さっさと勝利した後は、スペインの酒場でパエリア食って、サンガリア飲んで、スペインの姉ちゃんとドンチャン騒ぎだ!』ってな……」
「……実際はそうじゃなかったと?」
「あぁ……。もう1本、吸うか?」
一言そう呟きながら、曹長は私にタバコの箱を向け、もう1本吸うか聞いてくるが、私は黙って首を横に振った。
そんな私を見て、曹長はタバコを再び胸ポッケに戻しつつ、タバコを強く吸い、「……ふぅ」と煙を吐きつつ、この様に続けた。
「酷いもんだったよ……。こちらの戦車の性能は敵さんのより遥かに高性能だったのに、まともな運用が出来ず次々にやられていったし……。そもそも”戦車を運用するに当たって大前提の歩兵との連携”なんて、一度もやらなかったな……。それどころか、味方であるはずの労働者達に至っては、俺達の事を徹底的に寝嫌いしていたしな……。協力しないどころか、敵側に寝返って一緒に襲ってくるなんて事もあったぐらいだ……。本当に全ての世の混沌を一か所に集めた様な有様だったよ……」
「………」
曹長の話を聞いて、私は言葉が出なかった。


スペイン内戦に関しては、中学生の時にちょくちょく新聞などで見て、ある程度の事は知っているつもりだった。
だが、実際にスペイン内戦に従軍した曹長の話は、”新聞等に載らない真実そのもの”と言っても、何ら過言では無い重みがあった……。
それ以前の話として、スペイン内戦において、ソビエトが参加した国際旅団は敗北している為、敗北の事実が世界に知られる事を恐れ、多くの真実を伏せたのだろう。
だから、もしかしたら私が知っている事も本当は欺瞞なのかもしれない……。


そんな考えが胸の中を過ぎる中、曹長は三度、「……ふぅ」とタバコの煙を吐き出しながら、言葉を淡々と続けた。
「そんな状況に俺は逃れる事が出来なかった……。ある日、とある村を攻略する任務を受け、その村に向かったんだが、共に作戦に当たるはずのレジスタンスが、まるまる敵に寝返りやがってな……。後は嬲り殺しだよ……」
「嬲り殺し……、ですか……」
「あぁ……。ある戦車は火炎瓶を投げ込まれ、乗員ごと丸焼きにされる奴もいれば、対戦車砲の直撃を受けて、木っ端みじんになった奴も居た……。辛うじて、脱出できても、直ぐに多数の寝返った労働者と敵軍の兵士に惨殺されていたよ……」
「………」
心なしか、少し曹長の声が震えているのを感じつつ、私はゆっくりと曹長に質問した。
「曹長……。ぶしつけながら、お聞きします……。曹長の顔の火傷の跡は、その際に……?」
「あぁ……、その通りだ……、伍長……」
私の問いに対し、声を震わせながら、問いに答えた曹長は震える声で話を続けた。
「俺の乗る戦車も火炎瓶を投げ込まれてな……、一瞬で火だるまだよ……。俺と戦車長は大火傷しながらも、車外に脱出、出来たが、戦車長は殺気だったレジスタンス達に囲まれてな、抵抗するどころか、逃げる間もなく惨殺されたよ……。操縦主に至っては、車外に脱出する事すら出来ずに焼け死んだ……。正直、今でも、どうして俺だけ生きて帰る事が出来たか不思議に思うよ……」
「………」
曹長の語る余りにも壮絶な過去に、もうなんて言ったら良いのか、分からなくなる中、曹長は「……ハハッ」と苦笑にも近い声で笑った後、こう言い放つ。
「スマンな……、少し愚痴っぽくなった……。今言った事は忘れてくれて構わないぞ……」
「い、いえ……。こちらこそ、つかぬ事をお聞きした用でスイマセンでした……」
「気にするな……。聞かれた事に答えたまでだ……」
私の謝罪に対し、曹長はそう答えながら、再びタバコの火を座っている岩に押し当てて、もみ消すと私の方に顔を向け、こう言い放つのだった。
「だが、伍長、これだけは言っておく……。少なくとも戦場に正義なんて物は無い以上、自分の中で戦う理由に対する”答え”みたいなものを見つけた方が良い……。そうじゃないと、戦場ではやりきれないぞ」
「答え……、ですか……?」
突如、漠然と言い放った曹長の言葉に受け、私の胸の内は疑問で瞬く間に埋め尽くされた。

だって、いきなり「答えを見つけた方が良い」って言われても、さっきまで私と曹長がしていた一連の会話との繋がりが無い以上、何が何だか、良く分からないままだ……。

そんな考えが顔に出たのか、曹長はこう答える。
「強いて言うなら、伍長、お前は家族を奪ったファシストに一矢報いる為に戦っているんだろ?もし仮に一矢報いる事が出来れば、それで満足なのか?そうだとすれば、戦争が終わった後、お前は何がしたいんだ?上手く説明できんが、そう言う感じだな……」
「………」
曹長にそう言われ、私は思わず黙り込んでしまう。

確かに曹長の言うとおりだ……。
私は家族を失い天涯孤独になった日から、ただひたすら「ファシストに一矢報いる」と言う事だけを考え、それを糧として生きてきた。
もし仮にファシストに一矢報いた後、私は何を糧に生きていけば、良いのか?
そして、いつかこの戦争が終わった後、私はどう生きてけばいいのか?
そんなことは微塵も考えはしなかった……。

こんな形で、今まで考えもしなかった”己の未来”と言うべき事と直面する形となった事に驚きつつも、考えなければならない事である事を再認識する私であったが、如何せん急な事ゆえに、どうすれば良いのか、どう答えれば良いのか分からず、曹長に返す言葉が見つかず、表情が曇ってしまう。

そんな私の様子を見て、察してくれた曹長は「まぁ……」と一言呟きながら、こう続けた。
「別に急いで見つけ無くても良いさ……。じっくりお前が納得できるまで、考えたら良い」
「……はい」
私がそう短く答えると、曹長はゆっくりと座っていた岩から立ち上がりながら、こう言い放つ。
「別にコヴァーリとバートルみたいに、ドンっと構えた様な事を考えなくても良いんだし……」
「コヴァーリ軍曹とバートル軍曹も、そういう考えを持っているんですか?」
私が曹長に問い掛けると、曹長は「あぁ」と短く呟きながら、コヴァーリ軍曹とバートル軍曹の過去について、語ってくれた……。


まずコヴァーリ軍曹の方だが、ウクライナの出身であり、以外にも、両親は共に教師だったと言う事もあり、世間で言う所の”中流階級”の出身との事。
しかし、青年時代の頃、スターリンが行ったウクライナに対する抑圧・搾取によって、教師であったコヴァーリ軍曹の両親は処刑の対象であった『知識人』として処刑されてしまったそうだ……。
これだけでも、十二分に悲惨なのだが、コヴァーリ軍曹を襲った悲劇は更に続いた……スターリンがウクライナ人に対する更なる抑圧・搾取として行い、世界的な大問題として、大きな国際議論を巻き起こした人工的飢餓……ホロドモール(※Голодомо́р)である。
このホロモドールによって、ウクライナ人たちは強制的に移住。更に農家や畜産課は家畜や農地を奪われただけはなく、庶民からも小麦やジャガイモと言った食料を徹底的に奪いつくし、多くのウクライナ人が餓死に追い込まれた。
更に「いっそ餓死するくらいなら……」と自らの手で命を絶ったウクライナ人も多く居て、最終的な死亡者数はハッキリしない物の400万人から1,450万人が死亡したと言われ、その膨大な死傷者の中には、まだ幼いコヴァーリ軍曹の弟さんと、妹さんも居たそうだ……。

この話を聞いたとき、私は何とも言えない気持ちになった……。
状況こそ違えど、コヴァーリ軍曹も家族を失っているのだから……。
家族を失う悲しさ、心の痛みは私も十二分に味わっている……、だからこそコヴァーリ軍曹が家族を失った時、どんな気持ちで居たのかが手に取るように分かった……。

だが、私とコヴァーリ軍曹では、一矢報いるべき相手が大きく違う……。
私が一矢報いるべき相手は、祖国ソビエトの大地を土足で踏みにじるファシスト……及びドイツ軍だ。
だが、コヴァーリ軍曹が一矢報いるべき相手は、今、自身が所属しているソビエト陸軍の親玉……ソビエトなのだから……。
家族を奪った国の為に、命を懸けて戦場で戦わないといけないなんて、酒でも飲まなければ、やってられないだろう……。

そんなコヴァーリ軍曹は「この戦争が終わったら、ウクライナに帰って、ソビエトをギャフン!と言わせるぐらいに強大な国にしてやりますよ!!」と付き合いの長い曹長に言っていたらしく、それが今のコヴァーリ軍曹の戦う理由との事だ……。

(|あの人《コヴァーリ》も、少なからず己の軸みたいな物を持っているんだな……)

曹長からの話を聞いて、己の中のコヴァーリ軍曹の印象が少し変わったの感じつつ、今度はバートル軍曹の話に耳を傾けた……。

バートル軍曹はモンゴルの商家出身の事。それを聞いた時、私は思わず素で「えっ?」と言ってしまった。
だって、モンゴルは今回の戦争の相手であるドイツとは戦争状態ではなかったはず……。
強いて言うなら、少し前にドイツの同盟国である日本と国境紛争……”ノモンハン事件(※Резня в Номонхане)”があったぐらいだ。
だが、それを入れても、今、モンゴルはドイツどころか、少し前に国境紛争の相手となった日本とすら戦争になっていなかったはず……それなのに何故?
その事を曹長に問うと、曹長がバートル軍曹本人から聞いた話では「強制徴募」されたとの事らしい……。
全く酷い話だわ……。少し前に国境紛争で協力したから、その見返りとして、強制的に関係のない戦争に従事しないといけないなんて……、無茶苦茶だわ……。
そんな無茶苦茶に対して、一家の次男だったバートル軍曹が、実家の商家の跡継ぎである兄及び実家を守る為、その「強制徴募」に応じ、現在に至るとの事……。

バートル軍曹……、貴方は本当に立派です……。

尊敬の念にも近い感情が湧いてくる中、曹長が聞いたバートル軍曹の”戦う理由”は「国に残した婚約者の為、絶対に生きて帰る事だ」との事……。シンプルだけど、絶対に譲れない強い執念だと思うわ……。

そんな事を胸の家で思うと同時に、私の中である一つの疑問が思い浮ぶ。
「そういう曹長も、そう言った信念みたいな物を持っているんですか?」
この私の問いかけに対し、曹長は「……ふん」と軽く鼻息を吐くと、こう続けた。
「そうだな……。俺はコヴァーリやバートルみたいにシッカリした信念みたいな物は無いな……が、強いて言うなら、スペイン内戦で死んだ戦友の分まで生きる……って所かな?」
私の問いにそう答えた曹長は「フッ!」と軽く笑った後、こう続ける。
「あの二人に比べちゃ、しょぼっちいだろ?」
「いえ、大変立派な信念だと思います……」
「そうか?お世辞はいらんぞ、伍長」
そう軽く笑いながら、一通り、話し終えた曹長はこう続けた。
「とりあえず、俺も、あの二人も己の信念みたいな物をもって、戦っているんだ。同じ戦車でクルーとして戦う以上、それだけは頭の片隅にでも入れておけ……。分かったな?」
「はい……」
「よし。そろそろ飯の準備も出来た頃だろう……行くぞ、伍長!!」
「了解です」
そう言って先に歩き出す曹長の後について、私は歩き出した。

それと同時に胸の内で考えるのだった……、私の持つべき信念について……。