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絶望の底から……。(前編)

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  3. 絶望の底から……。(前編)
日もすっかり暮れた、とある日の夜。隊長室でミーナは1つのファイルに目を通していた。
「………」
表紙に書かれた英語のタイトルの下には、赤字の英語で「|Because of an absolutely confidential matter, I forbid distribution, the inspection of troops except the person concerned strictly《極秘事項につき、関係者以外の配布・観閲を厳しく禁ずる》」と警告の書かれた、そのファイルを見て、ミーナは時折、顔を酷く顰めていた。
「ミーナ、入るぞ」
「えぇ」
そんなミーナの元にやってきたのは、彼女が一番の信頼する副官にして、最高の相棒であり、親友の美緒だ。
美緒はミーナの居る隊長室へと入るなり、彼女が目を通していたファイルを見て、こう言い放つ。
「またウィーラーの”改造記録”を見ているのか?」
この美緒の指摘に対し、ミーナは「えぇ……」と短く返しながら、言葉を続ける。
「何回見ても、これは信じられないわ……。こんな事が現実で起きるなんて……、まるでSF小説よ……」
ミーナがそう言いながら閉じ、机の上に放り投げたファイルには、先程の警告文の上に白の英語で、この様なタイトルが書かれていた……。

『|A record in an operation record for experiment body 1 in the artificial Wizard manufacturing planning and the later follow-up and correspondence in the death.《人工ウィザード製造計画における実験体1号に対する手術記録及び、その後の経過観察等における記録、並びに死亡時における対応》』

このミーナが放り投げたファイルの内容は言うなれば、ウィーラーの”製造記録”にして、”壊れて、修理・使用不能なった時の廃棄方法”を示したマニュアルだ……。
そんな信じがたい記録等が書かれたファイルを前にし、苦虫を嚙み潰した様な表情のミーナを横目で見ながら、美緒は「あぁ……」と呟きながら、言葉を続ける。
「だが……、現実だ……。私も信じたくないがな……」
美緒の言葉に対し、ミーナは「はぁ……」と深くため息をつき、椅子に腰掛けながら、こう言い放つ。
「まさか助けた味方がこんな目に合うなんて、想像もつかなかったわ……」
「あぁ……よく”現実は小説よりも奇なり”とは言うが……。本当なんだな……」
「全くよ……」
そう言いながら、頭を押さえるミーナを見ながら、美緒は彼女の放り投げたファイルを手に取り、ミーナと同様にファイルの中を見て、顔を顰める。
彼女の開いたページには、ウィーラーの内臓をまるで玩具の様に弄り、見た事も聞いた事も無い薬品の数々を点滴する写真が掲載されていた。
間違いなくこう言った物に弱い人が見れば、堪らずその場で嘔吐して、崩れ落ちるであろう写真の数々……。
そんなグロテスクかつ、この世で起きた出来事とは思えない写真に対し、顔を顰めながらも、美緒は絞り出す様に口を開く。
「だが……、今のウィーラーが”飼い殺し”にされる事が無くなったのは救いだな……」
この美緒の言葉に、ミーナは「えぇ」と短く返すと、こう続ける。
「そうじゃなければ、骨が折れる思いをした意味が無いわよ。私も貴方も……。そして”先生”も……」
「あぁ、先生には感謝だな……」
そうミーナの言葉に対し、何処と無く感慨深げに返事を返す美緒。

そんな美緒の様子を見ながら、ミーナは思い返す……。ウィーラーを、この501に引き抜く事を決意した日の事を……。





……

………



時は少し遡り、場所は303高地の激戦で重傷を負ったウィーラーが運び込まれた病院。
ミーナがウィーラーに部下達の死を告げた所から、物語は動き出す……。
「うわあああああああああああああっ!!」
自身の口から、部下たちの死を告げた瞬間、発狂したように叫ぶウィーラー。
そんな彼の様子を見て、ミーナが「しまった!」と心の中で思ったのも、時すでに遅し、ウィーラーは狂った様に自身につけられた点滴の針や計器のセンサーを引きはがし、白い液体をまき散らしながら、周りに置かれた計器や薬品の瓶やらを次々にひっくり返したり、叩き壊していく。
「しょ、少尉!!落ち着いて、落ち着くのよ!!」
「あああああああああああああっ!!」
「きゃっ!!」
何とか暴れているウィーラーを制止させ、落ち着かせようとするミーナだが、護身術程度の格闘術しか持たないウィッチのミーナでは、素手で人の首をへし折る様な格闘術の持ち主であるコマンド部隊の隊員であるウィーラーを相手に出来る訳も無く軽々と突き飛ばされてしまう。
ウィーラーに突き飛ばされたミーナは近くの壁に激しくぶつかり、小さな声で「うっ!!」と悲鳴を上げる中、ウィーラーは相変わらず狂った様に部屋の中で暴れている。
「おい、何を騒いで……うおっ!!」
そんな騒々しい部屋の様子をおかしいと思ったリベリオン軍の|MP《軍警察》の兵士が飛び込んでくる。
飛び込んできたMPは部屋で暴れ狂うウィーラーを見て、警棒を取り出す。
「う……うう……」
「おい、お前何をやっている!?おとなしくするんだ!!」
警棒を取り出すなり、こう叫んでウィーラーを警棒で制圧しようと殴りかかるMPだが……。
「うわあああっ!!」
「ぬおっ!?」
ウィーラーはその殴りかかってきたMPの警棒を素早く右腕で払いのけるなり、傍にあった台の上に置かれていた花瓶を手に取るなり、それで思いっきりMPの頭を殴りつける。
瞬間、花瓶がバリンという音と共に割れると同時にMPの頭も割れ、真っ赤な血が辺り一面に飛び散る中、ウィーラーは一気にMPに間合いを詰めるなり、胸倉を掴む。
「ああああっ!!」
「うおおっ!?」
そしてウィーラーは叫びながら、MPを思いっきり病室の窓へと投げ飛ばし、投げ飛ばされたMPは何も出来ずに、窓のガラスを突き破り、外へと放り出され、下に駐車してあったジープに落下するなり、ぐしゃっと言う鈍い音と共に、ジープの幌を潰し、更にフロントガラスを粉砕し、車内を真っ赤な血で染め上げ、動かなくなる……。
「っ!?」
この光景を目の当たりにして、ミーナがネウロイとの戦いでさえも感じた事の無い凄まじい恐怖を感じる。


そんな中、この騒ぎを聞きつけた別のMP達が一斉に駆けつける。
「一体、何の騒ぎだ!!」
「な、なんだこれは!?」
「しゅ、集団で取り押さえるんだ!!」
「かかれーっ!!」
駆け付け、部屋の惨状を目の当たりにしたMP達は一瞬で只事で無い事を悟るなり、一斉に原因であるウィーラーに対して、飛び掛かる。
その数は7人。間違っても、普通なら暴れている少年1人を取り押さえる際に駆り出される人数では無い数字だ。
「うおああああーっ!!」
だが、そんな多数のMP達を相手にウィーラーは怯む事無く、逆にMP達に飛び掛かり、まるで殺人ロボットの様に暴れ狂う。
まず最初に一人のMPをタックルして、押し倒すとそのまま警棒を奪い取り、その奪い取った警棒で思いっきりMPの顔面を殴りつけ、一人ダウンさせる。
「ぎゃっ!!」
「このガキ!!」
「っ!!」
その光景を見て、激怒しながら、殴り掛かってきた別のMPの警棒をウィーラーは、さっき奪い取った警棒で払いのけるなり、強烈な回し蹴りを放つ。
このウィーラーの回し蹴りを食らったMPがくの字になりながら、壁へと叩きつけられたかと思った次の瞬間には、間髪入れずに間合いを詰めたウィーラーが強烈な右ストレートを放つ。
それがMPの顔面にめり込んだ瞬間、骨が砕け散る鈍い音と共にMPは「ぶおっ!!」と言葉にならない声を上げてダウンする。


そんな血まみれになったMPを前に、拳をMPの返り血で血まみれにしたウィーラーはただ立ち尽くす。
「………」
「あ……、あぁ……」
「ば、バケモンだ……」
そんなウィーラーの様子を前にして、ミーナはおろか、ウィーラーを取り押さえる為にやってきたMP達も恐怖する中、ウィーラーは肩で大きく息をしながら、鬼の様な形相で、MP達、そしてミーナに顔を向けると……。
「うおああああーっ!!」
まるで獲物を前にした肉食獣か、怪物の咆哮の様な叫び声をあげ、ウィーラーがミーナ、MP達に飛び掛かろうとした瞬間だった。
「うっ、撃て!!」
MP達の指揮官が射撃指示を出し、MP達が一斉に腰からぶら下げていたホルスターから、コルトガバメントを抜くなり、一斉にウィーラーに対して構える。
「だっ、ダメよ!!撃たないで!!」
「撃てぇぇええぇーっ!!
それを見てミーナが止めようとしたが、それよりも先にMP達が一斉にウィーラーに発砲。
その瞬間、病室に多数の銃声が鳴り響くと共に、白い液体が病室一帯に飛び散った……。
「ぶほぉ……、こっ……、っ……!!」
そして、それから数秒後に掠れた様な声を上げ、口や胸にMP達に撃たれた際に出来た銃創から白い液体をまき散らしつつ、ウィーラーは床に崩れ落ちた……。


この一瞬の出来事をミーナが理解できずに呆然とする中、銃声を聞きつけ、更に多数の人達が駆けつけてくる。
「どうした!?」
「きゃあああああっ!!?」
「医者だ、医者を呼ぶんだ!!」
「………」
この騒々しい病室の中、ミーナはただ呆然とすることしか出来ないで居た……。
そんなミーナの事など知る由も無い医師や看護師達が次々と病室の中に入ってくる中、一人の中年の医師と思われる男が入ってくる。
「容体は!?」
「胸部を中心に銃創多数、それに伴う出血多量!!危険な状態です!!」
「大至急、応急処置として輸血を行います!!」
「くそっ、何でこんな事になったんだ!?」
別の医師、看護師達からの報告を聞きつつ、その男は悪態をつくと、ふと病室の隅に居たミーナを見つけるなり、鬼の様な形相で彼女の元へとやってくるなり、胸ぐらをつかみ、無理やり立たせながら、こう怒鳴り散らした。
「この小娘、この騒ぎは貴様が仕込んだのか!?この貴重な”実験体”をなんだと思ってる!?」
「じっ、実験体……?」
病室のベッドの上で応急処置されるウィーラーを指さしながら、この男の言い放った実験体という言葉に、ミーナは思わず己の耳を疑う。
普通の状況であるならば、ウィーラーは”患者”であるはずなのに、今、目の前で自分の胸ぐらをつかんでいる男はウィーラーのことを”実験体”と言い放った……。
それに先程の白い液体は、ウィーラーの体……、そして銃創から、まるで湧き水の様に大量に噴き出していた……。

(一体……、一体……、何が起こっているというの?彼の身に何があったというの?)

この二つの点から、ミーナが”何かとんでもない事が起こっている”……と言う事を悟る中、彼女の胸倉を掴んでいた男がミーナに対し、叫ぶ。
「聞いてるのか、この小娘!?いい加減にしないと……」
そう叫んで、ミーナの顔面を殴りつけようとする男だったが、それを別の男の声が制止する。
「モニス博士、今はそんな事をやっている場合では無い!!彼の治療が先だ!!」
この男の制止によって、ミーナの胸ぐらを掴んでいた男は「ちっ!!」と舌打ちをしながら、ミーナを手放すと吐き捨てる様にこう言い放つ。
「さっさと目の前から失せろ、この小娘が!!」
「………」
そう叫びながら、ウィーラーの治療に加わる男の後姿を見ながら、ミーナは病室から退室する。
胸の奥底から感じる只ならぬ胸騒ぎを感じながら……。





……

………



それから数時間……。すっかり日も暮れた頃、再びミーナはウィーラーの様子を見る為に、彼の病室へと足を向けていた。
だが、そこに広がる光景は昼間に見た物とは、何もかもが変わり果てていた。
まず病室のドアには、デカデカと「|Visitation denying《面会謝絶》」の張り紙がされ、周囲には7人ものリベリオン軍のMP達が拳銃だけではなく、M1カービンやウィンチェスターM1897散弾銃と言った銃器を携帯し、武装している。
これだけなら、まだ昼間におけるウィーラーの錯乱を受けての対応措置……と言う事でミーナも決して理解出来ない訳では無い。
だが、それだけに限らずドアには、患者が錯乱し、暴れるので、その為の措置……と言う事では理由にならないぐらいに頑丈な鍵……それも軍の弾薬庫等で使う様なタイプだ。それが2つ、3つと複数掛けられていた……。
そして、そのドアの側に憲兵達を引き連れ、立っている男はリベリオン陸軍の制服で少佐の階級章こそつけているが、カールスラント軍人のミーナが知る限りでは、見た事の無い肩パッチや略章がつけられ、とてもリベリオン陸軍の関係者には見えない風貌だ。
そんな怪しさを隠して切れていない男を不審に思いつつ、ミーナがウィーラーのいる病室へ入る為、近づいた瞬間だった。
「貴様、何者だ?ここは立ち入り禁止だぞ」
その男は冷静ながらも強い口調でミーナに対し、警告すると同時にMP達が肩からぶら下げていた銃をミーナに突きつける。
対するミーナも、自身に突きつけられた銃口に対しても、歴戦のウィッチらしく怯みもせずに冷静かつ、強い口調で答える。
「カールスラント空軍 第3戦闘航空団所属のミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐よ。入院中のリベリオン陸軍、第1特殊任務旅団・第3中隊・第32小隊の小隊長、ウィーラー・マッカダムス少尉への面会を要求するわ」
「ミーナ中佐、それは許可する事が出来ない」
「貴方、それはリベリオン合衆国の重要な同盟国軍の将校の命令でも……というの?」
自国の重要な同盟国の将校……それも上官であるはずのミーナに対し、敬意を表する所か、門前払いしようとする、その男に対して、ミーナが不信感を隠す事なく、強い口調で問い詰める中、その男は「そうだ」と短くいった後、さらにこう言い放つ。
「ウィーラー少尉は、今現在、我々、OSSの管理の元にある。これはOSS局長から直々に下された指示だ。それに伴い同盟国の将校といえど、面会させることは出来ん」
「OSS……?」
OSSという言葉にミーナは反応した。その存在はミーナもつい最近知ったばかりだが、この戦争が始まってから、リベリオン合衆国が国内外における戦況等の多数の情報を分析し、リベリオンにとって脅威となる物かどうかを判断し、脅威と判断された物に対し、様々な対抗措置を取る……と言った名目で設立された”情報機関”である事を知っていたからだ。

(情報機関が一体何の目的で、陸軍に所属する一人のウィザードに対して、ここまで執着するの?)

突如として出てきた情報機関の名に対し、更なる疑問や不信感が湧いてくる中、そのOSSの将校はミーナに対し、こう言い放つ。
「警告しておくぞ……ミーナ中佐。これ以上、ウィーラー少尉に関して探りを入れるなら、この世から貴官の存在を無かった事にする事も可能であると言う事を忘れるな……」
「……分かったわ。ここは一旦、下がらせてもらうわ」
この上官脅迫とも受け取れる警告を聞き、ミーナは諦めた様な口調でOSSの将校に対し、そう言いながら、その場を立ち去るのだった。


それから、暫くした後に病院の一角でミーナは頭を押さえながら、先程、そして昼の状況から得られた情報を整理していた。

(昼間の錯乱騒ぎで見た、ウィーラー少尉から出ていた”白い液体”に始まり、彼を治療する為に駆け付けた医師の一人が言っていた”実験体”という言葉……。そして、あのOSSの将校が言っていた”OSSが管理している”という発言を繋げるとしたら……。OSSが主導・管理する形で、ウィーラー少尉に何かしらの人体実験を施し、その結果、ウィーラー少尉は白い液体を持つ事になった……って所よね……。だけどそうだとしても……)

そこまで推測した所で、ミーナは再び頭を抱えた。
もし自分の推測通りだとしても、何故、何の目的で情報機関であるOSSが人体実験を行っているのか?
そもそもウィーラーに施された人体実験は、一体何を目的とした研究に基づく実験なのか?
考えれば、考える程、沸いてくる疑問に対し、ますますミーナが悩んでいた時だった。
「ここにいたのか、ミーナ」
「美緒?」
……と、突然、話しかけられ、声を掛けられた方に顔を向けたミーナの視界に飛び込んできたのは、彼女の親友にして、相棒の坂本美緒少佐であった。
突然、現れた相棒に対して、驚きながらも、ミーナが美緒に対し、どうやって、此処に来たのかを訪ねる。
「何で、此処にいるの?」
「ちょっと顔を見せようかなと思って、お前の部隊を訪ねたら、お前の部下から此処に聞いていると聞いてな……。303高地の英雄の事が気になっているらしいな……」
「303高地の英雄……?それって、ウィーラー少尉の事?」
ミーナの問いに対し、美緒は短く「あぁ」と答えながら、手に持っていた新聞をミーナに渡す。
それを受け取ったミーナが新聞に目をやると、その新聞には一面の見開きトップで、こう書かれていた……。

『|Struggle of the hero in 303 highlands who held a human request and spirits of dead soldiers《人類の希望を守り抜いた303高地の英雄・英霊達の奮闘》』

その様な見出しで始まる、その記事の内容としては、303高地防衛線におけるウィーラーを小隊長する”第32小隊の奮闘”及び、彼らの”自己犠牲を躊躇わない精神”を褒め称える内容に始まり、最後は『この防衛線における彼らの戦いぶりこそ、この戦争で戦う全てのウィッチ、ウィザード、兵士達が見習うべき戦いである!!』と言った感じの文章で終わる……と言った感じのミーナと美緒からすれば、何の変哲も無い見慣れた戦意高揚のプロバガンダ的な記事であった……。
「死んでしまったら、名誉も何も無いのに……」
「あぁ、全くだ……。はぁ……」
記事の内容を見て、呆れ果てた様な口調で言い放つミーナのボヤキに対し、美緒も頷き、同意しながら、呆れ交じりのため息をつく。
そんな呆れ果てた様子の美緒を横目で見ながら、ミーナが新聞を畳んでいると、美緒が何かを思い出した様に「あっ」と小さく言いながら、ミーナに問い掛けた。
「そういえば、ミーナ。此処に来るまでに聞いたんだが……ウィーラー少尉の件で、何か妙な事があるって……?」
「……えぇ。妙だし、キナ臭い事よ」
この美緒の問いかけに対し、周りを見渡し、誰も居ない事を確認するなり、ミーナは美緒に全てを話した。
ウィーラーから出ていた白い液体の事、ウィーラーの担当医と思われる男の言っていた実験体と言うワード、OSSが監視・管理している状況……。これらのキーワードから、ミーナが推測した考え……。
それらを全て聞き、美緒は「ふむ……」と呟きながら、こう言い放つ。
「確かに……。妙で、何処かキナ臭いな……」
「そうでしょ……。だけど、確証を得られる証拠が何1つとして手元に無いのよ……」
「情報機関が主導している計画だからな……。情報のプロ集団が相手だ、そう簡単に掴める物じゃないだろうしな……」
「でも、ここのまま、ほったらかしにしていたら、ウィーラー少尉だけでは無いわ……。きっと私達にも関係する何かになる筈よ」
歴戦のウィッチとして、何処か感じる不安な胸騒ぎの感覚を抱きつつ、ミーナがそう言い放つと、美緒も同じ考えなのか「それもそうだな……」と短く言葉を返す。
だが、これ以上は何やっても無駄な感じさえするOSSによる鉄壁の情報管理を前に、二人はもどかしさを感じるしか出来ないでいた。

そこへ突如として、声がかけられる。
「そこで何をやっている?」
「「!!」」
驚きと様々な困惑を抱きつつ、ぎこちない動きで声の掛けられた方に二人は顔を向ける。
情報機関が主導する極秘プロジェクトに探りを入れたのだ、最悪の場合は機密保持の為、事故に見せかけて殺害される……と言う事もあり得る話だけに、二人の背筋に緊張が走る。
そんな緊張感を背に、顔を向けた二人の視界に飛び込んできたのは、一人の白衣を着た中年の男性の姿、その姿にミーナは見覚えがあった。
この目の前に立っている男は昼間におけるウィーラーの錯乱騒動の際、MP達によって鎮圧されたウィーラーの治療に駆け付けた医師の一人であり、別の医師が自身の胸倉を掴んできた際に、それを止めさせた医師だったからだ……。
「あ、貴方は……、昼間の……」
「知ってるのか?」
「えぇ……、ウィーラー少尉の担当医の1人……って、所かしら?」
そう問いかけた美緒に対し、今日の昼の記憶を遡りながら、説明するミーナの顔を見て、その男もミーナの事に気づいた様で「あ」と呟くと、続けて、こう言い放つ。
「君は確か、昼間にウィーラー少尉の病室に来ていたウィッチの……」
「カールスラント空軍 第3戦闘航空団所属のミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐です。で、彼女が……」
「扶桑皇国海軍 遣欧艦隊第24航空戦隊288航空隊所属の坂本美緒だ」
この二人の自己紹介に男は「おぉ」と呟きつつ、敬礼しながら、こう言い放つ。
「私は、リベリオン陸軍第9衛生部の主任軍医を務めるフィリップス・ノートン大佐だ」
「たっ、大佐!?」
「こっ、これは失礼しました!!」
目の前に居る男から、突如として沸いて降って出てきた”大佐”という階級を前にし、二人は慌てた様子で直立し、目の冴える様な敬礼する。
階級社会の軍隊において、階級が上の者を敬わない事は下手したら、自身の立場や命にすら係わる重要な問題だからだ。
それをよく知る2人は、先程とは、違った困惑を胸に敬礼するが、その男……もとい、ノートン大佐は軽く微笑みながら、こう言い放つ。
「あぁ、別に敬礼はしなくて構わんよ。今でこそ、軍医で大佐という立場だが、普段は大学教授で”先生”と呼ばれている。そっちで呼んでくれた方が、気楽で良い」
「はぁ……」
「そ、そうですか……」
そう言って貰えた事に、一瞬、ホッとした二人だが、核心を付く様にノートンにこう言われ、再び緊張が走る。
「……ウィーラー少尉の事を探っていたのかい?」
「「っつっ!!!」」
その通りなだけに反論が出来ない2人に対し、ノートンは深く息を吐きながら、こう言い放つ。
「……付いてきなさい」
「「………」」
そう言って歩き出すノートンの後を付いていく形で、二人は歩き出す。


こうして二人がやってきたのは、ウィーラーの入院……いや、「監禁されている」と言った方が正しい程の封鎖体制がとられている病室から、そう遠くない場所にあるオフィスだ。
「まぁ、座って楽にして頂戴……。あぁ、君、ちょっとコーヒーを用意してくれないかな?」
「分かりました」
ノートンは、そう言って秘書と思われる女性にコーヒーを用意させながら、ノートンはオフィスの一角にある本棚から、一つのファイルを取り出す。
そんなノートンを見ながら、二人は言葉に甘える形にて、用意された椅子に腰かけると同時に、彼の秘書が用意したコーヒーが出てくる。
ミーナは美緒と軽く会釈しつつ、そのコーヒーを受け取りつつ、ノートンに話しかける。
「先生……、そのファイルは?」
「そうだな……。説明する言葉に困るが……強いて言うなれば、ウィーラー少尉の手術記録もとい……、改造記録……と言った所だな」
「改造……記録……?」
改造記録と言う間違っても人に使う様な言葉では無い言葉が、出てきたことに困惑するミーナと美緒に対し、ノートンは「とりあえず読んでみたまえ」と言って、ファイルを二人に手渡す。
こうしてノートンから、ファイルを受け取った二人は、まるでパンドラの箱を開けるかの様な気持ちで、タイトルに『|A record in an operation record for experiment body 1 in the artificial Wizard manufacturing planning and the later follow-up and correspondence in the death.《人工ウィザード製造計画における実験体1号に対する手術記録及び、その後の経過観察等における記録、並びに死亡時における対応》』と書かれた、ファイルを恐る恐る開くいた……。

実験体1号に関する陸軍公式記録及び、OSSによる調査結果。
・本名:ウィーラー・マッカダムス
・性別:男性
・年齢:16歳
・出身:リベリオン合衆国 ニューヨーク州 34番街
・所属:リベリオン陸軍 第1特殊任務旅団 第3中隊 第32小隊
・階級:少尉

ファイルは、この様に始まると、次々とウィーラーに関する家族に関してや、軍歴、所属していた第1特殊任務旅団における評価と言った様々な情報が次々と記載されていた。
これに目を通していく二人は、情報機関であるOSSの情報収集能力の高さに驚くと同時に、一種の嫌悪感にも近い物を抱く。
そりゃそうだ、何が悲しくて自分のプライベートな情報まで、赤の他人に全て丸見えにされなければならないのだ。逆にもし自分がされたら……。
考えてくるだけでもうんざりしてくる様な方法で、作られたと思われるウィーラーのプロフィールが暫く続いた後、とあるページを前にし、二人のページをめくる手が止まった。
そして、2人して思わず互いの顔を見合わせたミーナと美緒は、そのページの上に書いてあったタイトルを二人して読み返す。

「|Surgery record of remodeling to the first experimental body《実験体1号への改造手術記録》」

そうタイトルの書かれたページを前にして、2人はゴクリと唾を飲み込みながら、覚悟を決め、そのページを開いた……。
だが、そこに書かれていたのは二人の予想と覚悟をはるかに上回る想像を超えたグロテスクかつ、残酷な記録の数々だ。
「っ!!」
「くっ!!」
思わず顔を顰めると同時に、襲ってくる強烈な吐き気にこらえつつ、2人はページに目をやる。
そこには、303高地の激戦で、胃や腸と言った内臓が外に飛び出していたり、殆ど切断され、真っ赤に血に染まった骨や筋肉がむき出しになった左腕、額の左側から、左目側面を中心に、肉がむき出しとなり、血に染まった顔面……と言った数々の生々しい瀕死の重傷を負ったウィーラーの写真に始まり、戦闘で負傷し、ボロボロになり機能を完全に失った肺や肝臓、腎臓と言った内臓を戦死や脳死したウィッチやウィザードから移植する手術の様子や、その内臓の提供主であるウィッチや、ウィザードの戦果や階級、戦死、脳死した時の状況……と言た個人情報、見た事も、聞いた事も無い薬の数々の成分表や、それをマウスやモルモットに投与した時のデータ、切断されたウィーラーの左腕に代わる”機械製の腕”の写真や説明、それをウィーラーに取り付ける施術の写真、負傷した左目周辺に埋め込まれる”鉄仮面の様な機械”の写真や説明、それを左腕の機械ど同様にウィーラーの顔面に埋め込んでいく施術の様子等……ウィーラーが人から兵器へと改造されていくのが詳細かつ、淡々と記録されていた……。
「嘘……でしょ……?」
「これが現実の出来事だっていうのか……?」
「残念だが、現実だ……。」
「「………」」
このファイルに書かれている事が、何かの冗談である事を心の底から祈る二人に対し、ノートンが絞り出す様に現実である事を告げると、二人は共に揃って、絶句する事しか出来ないでいた……。


そんな中、ふとウィーラーの改造手術で使用された薬品の一覧を見ていたミーナが”ある物”に気づく。
「……人工血液?」
「ウィーラー少尉から、”白い液体”が流れるのを見ただろう?あれの正体だよ……」
「「は!?」」
ノートンにそう言われ、二人は驚愕する。
それもそうだろう……。”人体の中を流れる血液を人の手で作り出す”という”自然の摂理を真っ向から否定する”かの様な物が実在しするという、信じがたい事実を突きつけられたのだから。
だが、それをも上回る事実をノートンは二人に告げた……。
「それは私が作り出したものだ……」
「「はいっ!?」」
淡々とそう告げたノートンの発言に二人は思わず、己の耳を疑わずにいられなかった。当然と言えば、当然だ。目の前にいる男が自然の摂理を全否定するかの様なものを作り出したのだから……。
そんな事実を前に、ただただ呆然とする事しか出来ない二人に対し、ノートンの椅子にゆっくりと腰かけながら、自身の開発した人工血液について話し出す……。
「私は第1次ネウロイ対戦の時に、派遣されたリベリオン陸軍の軍医の一人として、最前線で負傷した兵士やウィッチ、ウィザード達の治療に当たっていた。そこで、私が突き付けられのは、輸血用の血液が足りず、満足な治療ができずに死んでいく者たちが居る……と言う事だ。だから、私は戦争が終わって予備役に回ると、大学教授としてハーバードメディカルスクールで教鞭を振ると同時に、生徒達と共に人工血液の研究に取り組んだ……。そして、完成したのが、今、ウィーラー少尉の体に流れている白い液体な訳だ……」
「「………」」
ゆっくりと語りだしたノートンの過去に二人は聞き耳を立てた。
先のネウロイとの戦いでは、多くの最前線の野戦病院で、輸血用の血液や薬品が不足し、多くの兵士やウィッチ、ウィザードの命が失われた、まさに地獄絵図の様な光景が広がっていた事は二人も知っている。
だからこそ、その地獄絵図を生で見たノートンが、同じ悲劇を繰り返さない為、人工血液を開発した事は2人には痛い程、分かる。


だが、それと同時に”とある疑問”が2人の脳内に浮かび、ミーナが代表して、ノートンに問い掛ける。
「何故……、何故、先生はその様な立派な意思や考えをお持ちなのに、どうして、こんな狂気じみた計画に……?」
「……情けない話だが、脅されてね」
「脅された?」
この発言に聞き耳を立てる美緒とミーナに対し、ノートンは深くため息をつきながら、自身がこの計画に加わる事になった経緯を話す。
「私がハーバードメディカルスクールで、人工血液の試作品を開発していた頃に、この戦争が始まり、それから間も無くして、私に軍への復帰命令が下ると同時に、この計画が立ち上がった……。その一環でOSSは、私の開発した人工血液を使う事を考え、私に協力を要請……いや、強制してきたんだ。勿論、私は拒否したよ、『命を救う為に開発した人工血液を、そんな人間兵器を作る事には使わせるつもりは無い!!』とか言ってね……。そうして拒否したら、OSSの連中はこう言ったんだ……『それなら、お前の大切な人がすべてこの世から消えるぞ……』ってな……。その数日後に、私の元へ木箱が届いたんだ……。その木箱を開けると、中には『お前が拒否する以上、これと同じ物が増えるぞ』というメモと一緒に”殺害され、切断された、私の大学の教え子の首”が入っていたよ……」
「……くっ、首!?」
「さ、殺人じゃないか!?」
ノートンが伝えた恐るべき事実を前に、2人が驚愕するのは当然だろう……。
いくら、政府直属の情報機関と言えど、民間人を殺害するなど、決して許されるはずの無い愚行だからだ。
そんな驚愕した様子の二人に対し、ノートンは「はぁ……」と深くため息をつきながら、こう告げる。
「|奴ら《OSS》は情報のプロ集団だからな……人を1人、殺した事を無かった事にするなんて、簡単な事だ……」
「「………」」
「兎も角、これで私の家族や教え子の命が危ないと言う事を知った私は、この計画に参加せざるを得なくなったんだ……」
「な……、なるほど」
ノートンが話してくれた自身が、この計画に加わることになった理由と経緯を聞き、OSSがどんな連中であるかを、まじまじと知らされた美緒とミーナ。

だが、今度は”別の疑問”が湧いてくる。
それは何故、OSSが殺人を犯してまで、この計画を進めるのか……と言う事だ。
もし世間にバレたら、最悪の場合、組織が解体されても可笑しくない様な内容であることは実行する以上、分かっているはずなのに……。
そんな胸の内に沸いた疑問を今度は美緒がノートンにぶつける。
「しかし、先生……。何故、この様な計画をOSSは実行に移したのですか?この様な計画は、世間では決して受け入れられないはずなのに……」
「……詳しい事は私にもわからないが、この計画は恐らく”この戦争が終わった後における、世界のパワーバランスの為の計画”と言った所だろう……」
「この戦争が終わった後における……」
「世界のパワーバランス……?」
ノートンの言ったことを理解できず、ポカンとした様子の二人に対し、ノートンは自身の発言の意味を解説していく。
「先にも言ったように、詳しい事は私にも分からないが、どうやらここ最近、ブリタニア空軍が”妙な物”を開発している……という情報をOSSは掴んだらしい」
「妙な物?」
「新兵器ですか?」
2人はノートンの言葉に対し、疑問を投げかけると、ノートンは「うむ……」と呟きながら、一回息を吸うとこう述べた。
「私も小耳にはさんだ程度だが……。どうやら、噂では”ネウロイの技術を使った新兵器”……らしい」
「何ですって!?」
「ネウロイの技術を使った新兵器だと!?」
ノートンが述べた”ネウロイの技術を使った新兵器”という言葉に、二人は驚きを隠せない。
当然と言えば、当然だ。憎むべきともいうべきネウロイの技術を使った新兵器なんて、二人には想像も出来ない品物である。
そんなものが研究されているなんて、今まで想像すらしなかった。だからこそ、この予想を遥かに超える事実が、二人に現実として激しく突き刺さった……。


驚愕と衝撃を隠しきれない表情を浮かべつつ二人は、ノートンに問い掛ける。
「先生……、この話の首謀者って分かっているんですか?」
「分かるのであれば、ぜひ……」
この二人の問いかけに対し、ノートンは指を顎に当てながら、暫し「うーむ……」と唸ると、思い出したらしく「あぁ……」と呟きなら、この計画の首謀者の名を二人に告げる。
「確か……トレヴァー・マロニー大将だったな」
「「!?!?」」
再び驚いたような表情を浮かべ、とっさに顔を見合わせるミーナと美緒。
そんな二人の様子を見て、只事ではないことを悟ったノーマンが、今度は逆に二人に問い掛ける。
「知ってるのかね?」
「えぇ……、知ってるも何もかも……」
「今度、私と美緒が所属する事になっている501統合戦闘航空団の上官になる人です」
「……なんてことだ」
この発言を聞いた瞬間、今度はノーマンが愕然とする。これまた当然と言えば、当然の話である。
目の前にいる二人のウィッチが今度、所属する部隊の上官が、キナ臭ささ溢れる兵器の開発をしているだなんて来たら、それこそ愕然としないで、何で愕然としろと……と言わんばかりの話だからだ。
そんな愕然とした様子のノーマンを見ながら、美緒とミーナはこう言い放つ。
「……確かに大将は反ウィッチ派の筆頭の様な人だからな」
「ウィッチに代わる兵器を開発していたとしても、何ら可笑しくないわよ……」
「ミーナ、これは予想以上にめんどくさい話になりそうだぞ……」
「えぇ……想像しただけで、頭痛がしてくるわ……」
「頭痛薬なら、アスピリンがあるけど……飲むかね?」
うんざりした表情を浮かべる美緒の傍で、ミーナが頭を押さえているとノートンが側にある棚の引き出しから、頭痛薬の定番であるアスピリンの錠剤を出し、ミーナに手渡そうとする。そんなノートンの心遣いを「いえ、結構ですわ。先生」と苦笑いしつつ、ミーナは丁重に断る。


そんなミーナとノートンの傍で、再び美緒が怪訝な表情を浮かつつ、こう述べる。
「……しかし、分からんな」
「何が?」
「マロニー大将が、ウィッチに代わる新兵器を作る事が、何でウィーラー少尉の人体改造実験に繋がって来るんだ……?」
「それこそ、さっき言った”この戦争が終わった後における、世界のパワーバランスの為”さ」
そんな美緒の問いかけに、そう言いつつ、ノートンは立ち上がると側にある黒板に向かい、チョークを手に取りつつ、二人に向けて、解説していく。
「今の戦争は強力な破壊力を持つネウロイとの戦争だ。その為なら、遠慮なく軍事予算が使える。つまり、軍拡には持って来いの状況だ」
そう言って戦車や戦艦の絵を書き、その上にドルマークを描きつつ、さっき書いた戦車と戦艦の絵を囲みながら、更にノートンは説明を続ける。
「だから、今の内に強力な兵器を持つことで、この戦争が終わった後、国同士の外交……更に戦争の切り札となるのだ」
「それは……、扶桑がブリタニアと戦争する様な状況になる……と言った感じの事ですか?」
ノートンの説明に対し、細かく質問するミーナに対し、ノートンが「その通り」と返すのを聞き、美緒は苦虫を嚙み潰した様な表情を浮かべて、こう言い放つ。
「考えたくもないな……」
「あぁ、そうだな。それを踏まえたうえで、この計画の本質を説明していこう……」
そう言ってノートンが、再び黒板にチョークを走らせ、黒板に書いたのは、簡単に棒人間で表現されたウィッチとウィザードの絵だ。
「現在、ウィッチとウィザードは、普通の人間では出せないパワーや能力、シールドと言った能力があり、強力なネウロイに対抗できる存在であるが、お母さんの体から生まれてくる以外で誕生しない……。つまり自然に生まれてくる以外、誕生する術は無い。だが、それを人工的に作ることができたとしたら……」
「ウィッチやウィザードの量産が出来る……と言う事ですか?」
「そうだ。私の人工血液を使う理由も、量産化に必須な”一定の共通規格化、互換性を持たせる”為だ……。それで量産体制が整い、ウィッチやウィザードが次々と作られたら、ネウロイへの対抗策としてだけではなく……」
「”人間同士の戦争における有効な兵器”に……」
「まさか……」
そこまで言って愕然とするミーナ同様、この計画の本質を知った美緒も愕然とする。

そう……この計画の本当の目的は”ウィッチやウィザードの兵器化”を目指した計画なのだ。

人知を上回る強力な敵であるネウロイに対抗できるウィッチやウィザードは、確かに人類にとって、強力な戦力である事に間違いない。
特にミーナは昼間におけるウィーラーの錯乱騒ぎで、その一面を垣間見ている。
16歳の少年であるウィーラーが大の大人であるMP達をバッタバタを殴り倒していく様子は、まさに彼が強力な戦力である事を余す事無く示している。
だからと言って、それを人類同士の戦争における兵器として使う事……。
ウィッチとウィザード通しによる殺し合いなんて、二人には想像も出来ない……したくもない光景だ。
それの為の計画だなんて、現役ウィッチの2人が許せる訳が無い……。


2人は激しい怒りを抱きながら、こう言い放つ。
「ウィッチやウィザード……いや、人の命をなんだと思っているの!?」
「全くだ……。こんな計画、絶対に許せるものか……」
怒りで握りしめた拳が震える2人に対し、ノートンはゆっくりとこう言い放つ。
「この話には続きがあってな……。彼は”第1段階”に過ぎんのだよ……、この狂った計画のな……」
「っ!?」
「ま、まだ続くっていうんですか!?」
ノートンの発言にさらに驚きを隠せない二人に対し、ゆっくりとノートンは詳しい説明をしていく。
「今現在、この戦争を戦っているウィザードの数は約6000人前後と言われているが、その殆どが、ウィーラー少尉の様に特殊部隊の隊員として、従軍している。これはウィザードの魔力が、ウィッチに比べて、弱く、ストライカーユニットを稼働させるだけの魔力に達しないからだ。言うなれば、ウィッチの魔力を10とすれば、ウィザードは3と言った所だ。しかし、魔力を発動させる事に関しては、精神状態に左右され、発動できなくなる事があるウィッチとは違って、どんな精神状態でも安定して魔力を発揮できるのがウィザードの特性にして、強味だろう。だから、ウィザードの殆どが過酷な特殊任務に従事してるのだ。それで、今回、|彼《ウィーラー》に施された手術の目的は、このウィザードの特性と強みを生かししつつ、ウィッチを上回る強力な魔力を持たせる事を目的に行われたものだ……。これを見たまえ……」
そう言って、ノートンは先程のファイルの1ページを開き、ミーナと美緒に見せる。
ページに書かれていたのは、今回の手術前……リベリオン陸軍に入隊した際の行われたウィーラーの魔力測定のデータに始まり、今現在、リベリオン陸軍・海軍・海兵隊に従軍している全てのウィッチ、ウィザード達の魔力測定値の平均、そして改造手術後に測定されたウィーラーの魔力のデータが書かれ、手術前の測定値はおろか、今現在、リベリオン陸軍・海軍・海兵隊で従軍しているウィッチ、ウィザードの魔力の平均測定値を遥かに上回る強力な魔力の持ち主にウィーラーがなった事を示していた。
「「………」」
このデータを呆然と見つめる二人に対し、ノートンは、この手術の次の計画を二人に説明していく。
「今回の手術で、ウィザードにウィッチ並みか、それ以上の魔力を持たせる……という目的の第1段階は完了した。その次の計画としては、彼と同じ状態のウィザードに対し、今現在、戦死及び脳死したウィッチやウィザードから移植した内臓で補っている魔力を、内臓から、機械部品に変えて、同様に補い、発揮できるかを検証する……というのが、第2段階だ」
「それが、成功したら……第3段階は何をやるんですか?」
第2段階の内容を説明するノートンに対し、そうミーナが恐る恐る第3段階の内容を問い掛けると、暫し、黙り込んだ後、ゆっくりと第3段階について話し出す。
「第3段階は、第1、第2段階で得られたデータ等を参考にして、魔力を持たない一般人に機械部品を埋め込み、ウィッチやウィザードと同様の能力を発揮できるか検証する……という物だ」
「一般人を改造するって事!?」
「狂ってるにも、程があるぞ!!」
ノートンの説明した第3段階の内容に再び怒りを爆発させるミーナと美緒。
ウィッチやウィザードだけではなく、普通の人までも巻き込んでも、進められる、この計画の狂気じみた内容に怒らない人の方が居ないだろう……。
そんな二人の反応を見ながら、ノートンは深くため息をつきながら、こう言い放つ。
「もう既にOSS内部でも、この計画の有効性を疑問視する声が上がっている。コスト面で見れば、確実に失敗だよ……。現に彼一人に、既に”180億円に近い予算”が投入されている……」
「ひゃ……180億だって!?」
「聞いただけで、意識が飛びそうになるわね……」
ノートンから告げられた、この計画に使われている飛んでもない額の予算を前に、思わず目眩がしてくる2人。
そりゃそうだろう、普通に生活していれば、間違っても180億円なんて金額を一度に使うシチュエーションなんて、一生縁が無いだろう。
ここに守銭奴な人物が居れば、間違いなく、即座に口から泡を吹きつつ、卒倒する事に間違い無いだろう……。


そんな考えが脳内に浮かぶ中、ふとミーナの脳内に”1つの疑問”が浮かぶ。
「先生……。こんな事を聞くのは、なんだと思うのですが……、もし計画が中止された場合、彼はどうなってしまうのでしょうか?それに、彼が何かしらの原因で急死した場合とかは……?」
「……これを見たまえ」
ミーナの問いかけに、ノートンは表情を曇らしながら、三度、マニュアルを開いていく。
こうして、ノートンが開いたページを見て、美緒とミーナは2人揃って、絶句した……。
そのページのタイトルには、こう書かれていた……。

『|Correspondence at the time of the death of the first experimental body《実験体1号の死亡時における対応》』

”悪趣味”とも言うべき様なタイトルで始まる、そのページの内容に2人は更に言葉を失っていく。
内容としては、要約すると以下の様な物になる……。

・実験体1号が死亡した場合、速やかに特定施設へ遺体を搬送の上で、解剖を行い、データを収集すること。
・解剖を行うにあたり、移植手術の行われた肺や肝臓、腎臓と言った臓器は全て摘出の上、状態を問わず、ホルマリン漬けにすること。
・解剖を行った遺体は、速やかに24時間以内に火葬処分を行うこと。
・マスコミ等の追及が予想される場合、遺体をTNT爆薬によって爆破処理し、完全に粉砕せよ。
・その際におけるマスコミへの対応として、「実戦を想定した実弾訓練における事故」として発表すること。

……と言った感じで、ウィーラーが死亡した際における対応が事細かく書かれている、そのページを前にし、ミーナは怒りと悲しみが混じった感情を爆発させる。
「何が悲しくて、死んだ後に、体を切り刻まれた上で、焼かれたり、爆破されないといけないのよ!?」
「……落ち着け、ミーナ」
「………」
死んでさえも、安らかに眠る事さえ許さない計画を前に怒りを爆発させるミーナ。
土葬文化が一般的である欧州の人間であるミーナからすれば、この計画で行われる火葬という方法には、欧州で育った人として、証拠を隠滅し、全てを無かった事にしようとするOSSの汚いやり方に対して……と言った様々な点で激しい怒りを覚えた。
彼女を宥める美緒も口調こそ、冷静だが、その胸の奥底で怒りを静かに燃やし、拳をギュッと握りしめ、震わせていた。
そんな二人を見ながら、ノートンも胸の奥底で0SSへの怒りと、この計画に参加してしまったことへの後悔が混じり合った、複雑かつ、言葉で説明の出来ない感情を胸に只々、立ち尽くすことしか出来なかった……。


そんなノートンの傍で、深くため息を付いたミーナは、ゆっくりとノートンの方に顔を向け、こう言い放つ。
「先生……。もし可能なら……、彼に合わせてくれませんか?うまく説明は出来ないんですけど、彼に合えば、何か彼を助ける方法が思いつくと……」
「ミーナ……。気持ちはわかるが、無茶を言うな……」
ノートンに懇願するミーナを止めようする美緒だが、彼女にも、ミーナの気持ちは痛い程、分かった。
そもそも、この計画は、ミーナが303高地で負傷したウィーラーを発見し、蘇生させた所から、始まった様な物なのだ。
だから、せめてものケジメとして、懺悔として、ウィーラーを何としてでも、この”残酷な運命から救いたい”と言うミーナの気持ちは理解できるし、本音を言えば、美緒自身も同じ考えだ。
しかし、相手は強力な権力を持った情報機関のOSSである、下手したら、この計画に関する真相を知ったと言う事で、ミーナと美緒は勿論、その情報をばらしたノートンも揃って抹殺される可能性がある事を、美緒は心配していた。
だが、そんな美緒の心配をよそに、ノートンは一回息を吸うと、二人に向け、こう言い放った。
「良いだろう……」
「だ、大丈夫なんですか……先生!?」
「私も人間だ……。良心の呵責って物があるからね……。ついてきたまえ」
そう言って、己の良心に従い行動するノートンに少なからず淡い希望を抱きながら、二人はノートンの案内に従い、医療スタッフ用の通路を使って、目的の場所へと向かう。
「……ここだよ」
そうしてやってきたのは、昼頃にやってきたウィーラーの入院している病室……と言っても、一部の医療スタッフのみが使用できる裏口のドアの前だが……。
表のドアとは違い、警備こそいないが、昼間の錯乱騒ぎを受けて、急遽、設置された多数のチェーンと南京錠でロックされたドアを前にして、ノートンは二人に問い掛ける。
「……覚悟は良いかね?」
「「はい……」」
「……では、あけるぞ」
ノートンのを問いかけに、唾をゴクリと飲み込みながら、了承の返事を返す二人の言葉を聞き、ノートンは南京錠に鍵をさし、ロックを解除した上で、チェーンをどかす。
そして、まるでパンドラの箱を開ける様に、ゆっくりと病室のドアを開けた……。


そうして空いたウィーラーの病室へと恐る恐る入室した二人は、遂にウィーラーと対面し、そこに居たウィーラーの姿に、二人は思わず目を逸らしてしまう……。
「「っ!!」」
「………」
そこには、昼間の錯乱騒動を受けて、手足を鎖と手枷、足枷で拘束され、口には自殺防止の為の猿轡代わりの布が突っ込まれたウィーラーの姿があった。
更にウィーラーは、これらの拘束具に加え、心電図やら、魔力の測定措置やらのセンサーがびっしりと体中に取り付けられ、ノートンが開発した人工血液の輸血パックに加え、更に見た事も無い原色の赤や黄色、青色の薬品の点滴の針が腕に幾つも刺さり、尚且つ、生気無き虚ろな目で天井を見上げ、まるで”生きながらして、死んでいる”かの様な状態だからだ……。
おまけに、昼間の錯乱騒ぎにおけるMP達の銃撃による銃創の治療の為に、人工皮膚で出来たカバーが取り除かれたのか、先程、ノートンが見せてくれたマニュアルの中に書かれてあった機械製の左腕や、視力増強装置などがむき出しなっていた……。
「「………」」
「……はぁ」
前もってノートンから教わった知識もあり、予想もしていたとはいえど、この様な光景を前にして、やはり呆然とする事しか出来ないミーナと美緒の傍では、そんな二人とベッドに横たわるウィーラーを見ながら、本日何度目になるか分からない溜息をつくノートンの姿があった。
そんな3人の存在に気付いたのか、ウィーラーは拘束され、自由の利かない体……さらに言えば、首をゆっくりと動かし、生気無き瞳で3人を見つめ、こう訴えかける……。

『頼む……、殺してくれ……、俺を殺してくれ……、俺を殺して、この悪夢を終わらせてくれ……』
「「「………」」」

猿轡を口に突っ込まれているが故に、話す事こそ出来ないが、3人を見つめるウィーラーの生気無き、絶望に支配された瞳を見れば、その様な事を言いたいのが、3人には、痛い程、分かった。
このウィーラーの訴えを前にし、美緒とノートンが、ただ立ち尽くすことしか出来ない中、ミーナがゆっくりとウィーラーの元へと歩いていく。
「ミーナ……、何をするんだ?」
「美緒、ちょっと静かにして……」
そう問い掛ける美緒を制止しつつ、ウィーラーの元へとやって来たミーナは、ゆっくりと跪く。
そして、そっと優しくウィーラーを抱きしめた……。
「………」
抱きしめられてもなぉ、感情無く、ただ生気無き瞳をだらんとさせるウィーラーに対し、ミーナは目から一筋の涙を流しながら、優しく我が子をあやす母親の様に、ウィーラーにこう言い放つ。
「大丈夫……、必ず……、貴方を助けるわ……。だから、待っていて……」
「……ミーナ」
そう言って優しくウィーラーを寝かしつける様に、ベッドの上に横にするミーナを見ながら、美緒が話しかけるとミーナはゆっくりと息を吸いながら、瞳を暫く閉じると、覚悟を決めた様な表情を浮かべ、美緒に向けて、瞳を開きながらこう言い放つ。
「美緒、決めたわ……。彼を”501に引き抜く”事にするわ」
「なっ……本気か!?」
このミーナの提案には、流石に美緒でさえも驚きを隠しきれない……。
それもそうだ……当初の予定として、501統合航空団は”ミーナの過去の経験”から、そこに所属するウィッチ達には、整備兵を始めとする男性兵士との交流を基本的に禁止する規定にする予定だってからだ。
しかも、それは何を隠そう、ミーナ自身が決めたものだからだ。だからこそ、ミーナが「ウィーラーを引き抜く」と言うのは、この自ら決めた規定を、自ら放棄すると言う事になる。
古くからの友人にして、戦友である美緒からすれば、今回のミーナの行動は予想もしない行動であり、驚きを隠せなかった……。
そんな胸の内の美緒は、再びミーナに向けて、こう言い放つ。
「ミーナ……お前の気持ちが分からない訳でもないが、必ずしも、彼を501に入れた所で、この問題が片付く訳では無い……。それに、この問題自体、彼自身が答えを見つけ、解決するべき問題だ……」
「えぇ、わかってるわ……。でも、このまま何もしないでいたら、彼自身が答えを出す前に、計画に沿ってOSSによって飼い殺しにされるわ……そんなの黙ってみてられないわ!!せめて、身の安全だけでも確保するべきよ。彼が答えを見つける為にも!!」
「……」
口調を強めながら、そう告げるミーナの言葉を聞き、美緒はベッドに横たわるウィーラーに目をやり、深く溜息をつき、暫し、迷走するかの様に目を瞑ると、覚悟と子悪党が混じった笑みを「ふっ」と浮かべつつ、こう言い放つ。
「確かにその通りだな……。やるか、ミーナ。このバカみたいな博打をな……」
「えぇ……そう、来なくっちゃ」
この二人のやり取りを見ていたノートンも、美緒とミーナに対し、こう言い放つ。
「そういう事なら、私も一口乗らせて貰おう……」
「えぇ……、喜んで」
「お手巣をおかけしますが、よろしく頼みますね……」
そう言って握手を交わす3人は共に揃って、悪い笑みを浮かべているのだった……。