運命が動き出すとき……。中編1
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ドッタンバッタン大騒ぎな自己紹介を終えて、約1時間後……。
俺はモスボール状態で、原隊から、|此処《501》に送られてきたP-80を開封&整備する為に、ハンガーへと足を向けていた……あの|西の奴《シャーリー》も一緒に……。
「なぁ~……頼むよ~!!同郷の吉見としてさぁ……」
「同郷つーても、俺は東で、お前は西じゃねぇかよ。東と西じゃ、全くの別物だぞ……」
と言った感じで、まるで血を求めて、足に張り付くヒルの様にべったりと寄り添ってくるシャーリーをあしらいながら、ハンガーへと、やってきた俺は、とりあえず、愛機であるP-80の置かれている場所&状況を確認し、そして軽く絶望した。
何故なら、よりによって、俺のP-80が置かれているハンガーの隣のハンガーに置かれているストライカーユニットが、ノースリベリオン社製のP-51・マスタング……リベリオン陸軍航空隊の現主力ストライカーユニットだ。
で、現在、501に居るリベリオン陸軍航空隊所属の人間は俺と隣に居るシャーリーだけ……んで、俺の愛用のストライカーユニットはP-80だから、先の状況と合わせて、消去法で考えると、この目の前に置かれているP-51の主は……。
「………」
「ん?」
と、俺の横目で向ける視線に対して、首を傾げる爆乳のコイツになるわけだ……。
何で、よりによって、コイツの隣に……。まぁ、単純にリベリオン人同士だから程度の浅ーい理由でなんだろうけどさぁ……。
そう思うと、思わず「……はぁ」と深く溜息を付かざるを得ない俺を見て、更に隣に居るシャーリーは「んん?」と頭に疑問符を浮かべている。つくづく、能天気な西側ヤローだぜ。
あと地味に、バルクホルンを始めとする他の501の面々も、遠めに俺とシャーリーの様子を見に来ている。現在進行形で燃えている火災現場か、犯人の立てこもっている事件現場に集まってくる野次馬かよ、てめぇら……。
まぁ……とりあえず、P-80をモスボール状態から、復帰させるか……。
「はぁ~ぁ……」
「溜息の多い奴だな、お前」
「……はぁ」
今日の溜息の原因の約半分がお前だよ……。シャーリーに対し、胸の内で盛大に突っ込みながら、本日、何度目になるか分からない溜息を付く。
その後、俺は腰からぶら下げていたV-42スチレットを引き抜くと、それを使ってモスボール状態のP-80を開封していく。
開封作業を始め、P-80を包んでいた油紙やゴムを取り除いていくと、段々とP-80の姿が見えてくる。
「おぉ~っ!!」
「すっごーい!」「新型か……」「私たちの使っているストライカーユニットとは、全く違う形ですね」
それと同時に、
乗り慣れている&見慣れている俺からすれば、特に目を見張る様な物では無いが、初めて見るシャーリー達の前に姿を現したP-80は、彼女たちからすれば、まさに”未知との遭遇”らしく、興奮気味のシャーリーを始め、他の面々も様々な反応を見せる。
まぁ、確かにパッと見た限りでも、此処に置いてある他のレシプロストライカーと比べて、P-80が圧倒的に近未来的なデザインをしているから、所謂、クラシカルな雰囲気のレシプロストライカーを見慣れている彼女たちからすれば、まさにSF映画の中から、飛び出してきたかの様な感覚になるんだろうけど……。
「……そんなに驚く物か?」
「驚くよ!すげぇ物、使ってるな、お前!!」
俺の問いかけに対し、まるで始めて蒸気機関車を見る子供の様なテンションのシャーリーは高すぎるテンションそのままに、こう言葉を続ける。
「これジェットストライカーか!?」
「……まぁな」
「おおおおっ!名前は!?」
「P-80。非公式名称、シューティングスター……」
「うっひょー!勇ましい名前付いてるぅっ!!」
そう言って、興奮するシャーリー。コイツ事ある度に喧しいヤローだなぁ……。
んな事を思いつつ、相変わらずP-80の開封作業を続け、開封し終えた俺は、直ぐにP-80をハンガーにセットする。
続け様に、傍に置いてあった木箱を開け、中に納まっていたパラシュートパックや、空間失調対策用のアラーム付き高度計を取り出し、ハンガー内の置き場にセットしていく。
「いちいち、そんなの使うのか?」
「……一応、実戦配備こそしているけど、コイツは試作品だしな、何が起きるか分からん。そもそもレシプロストライカーと、ジェットストライカーじゃ、全く速度や機械構造なんかが全く違うんだ。将来的には、パラシュートパックと空間失調対策用のアラーム付き高度計が、ウィッチの標準装備になる……って、原隊の姉御……じゃなくて、上官は言っているな」
そうシャーリーに対して、説明しながら、高度計等が動くかどうかをチェックしていると、シャーリーは苦虫を潰したような表情で、こう言い放つ。
「えぇ~……マジで?」
いかにも「めんどくせー」と言わんばかりの表情でぼやくシャーリー。
まぁ、確かに今のレシプロストライカーを使っているウィッチのスクランブルなんて、ストライカーを足にはめて、魔力発動させて、銃と弾薬を持つ……と言った感じの3ステップで、出撃準備完了だからな。
出撃の度、ストライカーを足にはめつつ、パラシュートパック背負って、高度計付けて、銃と弾薬を装備すると言うのは、手間が掛かるからな。
ま、そこら辺の問題点も洗い出す為の実戦投入なんだろうけど……っていうか、”そもそもの最大の問題点”として……。
そんなことを胸の内で思いつつ、俺はそもそもの最大の問題点に関し、シャーリーに向け、こう言い放つ。
「ま、安心しろ……。ジェットストライカーが、前線を張る頃には、俺達は揃って20歳で現役引退だよ……」
「……あ~」
俺の指摘に対し、何処か思い出しつつ、達観した様な声で、遠く泳いでいる目で何処ともなく宙を見つめるシャーリー。
あー……世間一般的なウィッチがこの種の話を聞いてする反応って、これが普通かね?
胸の内で、そう思いながら、俺は開封を終えたばかりのP-80の動作チェックに入る。
まず最初にハンガー内に設置された工具箱を開け、中から、検査機器を取り出すと、素早くP-80の検査用ハッチを開けて、内部機器に検査機器をセットして、続け様にP-80の正面側にあるハンドルを引く。
その瞬間、「プシュー……」と言う空気の抜ける様な音と共に、P-80の正面ハッチがパカッ!と観音開きで、開く。
「おぉ、スゲぇ!!」
「………」
観音開きで、開いたP-80のハッチを見て、興奮気味にそう言い放つシャーリー。
他のウィッチの面々も「おぉ……」と言った感じの反応だ。まぁ、そりゃ今までストライカーユニットは、上から脚を入れるというのが常識だったんだ。その常識をぶっ壊すかのような、新方式の装着方法だから、驚きもするだろうな……。
なぉ、この方式は俺のP-80だけではなく、原隊の姉御方が使っているP-80も同様の装着方法だ。要は|俺《ウィザード》専用のシステムじゃないって事!!
そんな事実&興奮気味に内部構造を見ようと必死になっているシャーリーを横目に、そんな彼女を全力で無視しつつ、俺は後ろ向きになり、素早く両足をストライカーに収めた瞬間、P-80のハッチがガチャリ!という音と共に閉まり、ロックがかかる。
これで発進準備は完了だ……。
そう思いながら、俺は気を高め、魔力を発動する。
その瞬間、頭から使い魔のホワイトタイガーの耳が具現化し、同時に燃料となる魔力がストライカーへと流れだす。
暫く、目を瞑る様にして、魔力をストライカーに流した後、俺はハンガーに設置されている補助動力装置のコンプレッサーの起動スイッチを押す。
瞬間、コンプレッサーが凄まじい機械音を上げて、まるで呼吸する肺の様に圧縮空気を吐き出し、P-80のエンジンへと流し込む。
すると、まるで眠っていた獣が目を覚ましたが如く、ストライカーの足元に青い魔法陣が展開。
同時に、P-80に搭載されたブリタニア製のハルフォードH.1B遠心式ターボジェットエンジンが起動し、独特のエンジン音を上げ、ハンガー中にエンジンを響かせていく。
「うおおおおおおおおおおっ!!」
「………」
同時に直ぐ近くに居るシャーリーのテンションも急上昇……ホント、終始うるせぇ野郎だな……。
そんな胸の内を抱えつつ、俺は手にした計器やチェックリストを基にエンジン出力、油温、各部動作を確認し、レポートに記入していく。
「エンジン出力、250。油温、98度。右フラップ、異常なし」
と言った感じで、まるで己に言い聞かせる様に口にチェック項目を口ずさみながら、手にしたチェックリストにチェックを入れていく。
「全チェック良し、点検終了。エンジンカット」
チェックリストに載ってあるチェック項目を全部確認し終えた俺は、ゆっくりと魔力を減らしていきながら、P-80を停止させる。
そうして、P-80のエンジンが完全に停止するのを確認し、俺が「ふぅ……」と一息ついた瞬間だった。
「凄いな、コイツ!!なぁ、本当に5分だけで良いからさ、これを使わせてくれよ!!な、同郷の人間としてさ?」
「……いい加減にしろ」
と言った感じで、先程と同様に……と言うか、先程よりも、俺の顔に近い距離に近づけながら、興奮した様子のシャーリーが、懲りずにP-80の使用を願ってくる。
あ~……全く、つくづくあきらめの悪い西側野郎だな……。
彼女の背景に「グイッ!」と言う文字が見えかねない勢いで、顔を近づけつつ、懇願してくるシャーリーの顔を抑えながら、俺は呆れつつ、最早、苦し紛れにも近い感情で、横目で傍に置かれた木箱を指しながら、シャーリーに対して、こう告げる。
「とりあえず、そこに置いてあるP-47でも使ってろよ!!」
俺の提案に対して、シャーリーは「えっ?」と一言呟きながら、横に置いている木箱に視線をやったかと思った次の瞬間には、凄い勢いで、その木箱に駆け寄るなり、勢い良く木箱の蓋を放り投げる形で、開ける。
んで、シャーリーに放り投げられた木箱の蓋がゴンッ!と凄まじい音を立てつつ、落ちる中、シャーリーは木箱の中に収められているP-47を見つけるなり、まるでクリスマスの朝にプレゼントの新しいおもちゃを見つけた子供の様に目を輝かせていた。
「うひょ~!!これ使って良いの!?」
「まぁ……一応。言っておくけど、俺の予備機だからな……壊すなよ?」
「大丈夫、大丈夫!!ちょっと弄る程度だから!!」
「弄る……?お前、改造する気か?」
俺の子の問いかけに対して、シャーリーは「そうだよ!!」と満面の笑みを浮かべつつ、こう言い放つ。
「心配するなって!お前でも、ちゃんと乗りこなせる程度の簡単な奴にするから!!」
「……レポート書いて、俺に渡せよ。一応、現地での修理記録や改修記録を原隊に報告する義務があるんだからな」
内心……絶対に安心出来ないのだが、今日はもうこれ以上、彼女に絡まれたくないので、もはや投げやり的に、そう言い放つ。
そんな俺に対して、シャーリーは「へ?」と短くつぶやきながら、こう言葉を続ける。
「そんな事も記録するの?」
「あぁ、一応、原隊での任務に『ジェットストライカーとレシプロストライカーの共同使用&戦闘に関する技術&戦技研究』と言うものがあるからな。現に、今、お前が目の前にあるP-47も先輩達が弄ったお下がりだぞ」
「ほぉ~……幅広くやってんだね。分かった、分かった、書いておくよ!」
「んじゃ、宜しく……。俺は、今の試運転のレポート書いてくるから……」
そう言い放血ながら、俺はシャーリーから逃げる様に、ハンガーを後にし、そのシャーリーは「あいよー♪」と嬉しそうにつぶやきながら、何処から取り出したレンチを片手にP-47を弄りだす。
そんなシャーリーの様子を横目で見ながら、胸の内では、一抹の不安を感じつつも、「ま、そこまでバカな改造はしないだろう」と思いつつ、自室へと足を向ける。
まぁ……この後にある意味で、予想通りと言うべきか、このシャーリーの弄ったP-47が原因で、とんでもない悲劇が起きるのだが……。
それに関しては、また別の機会に話す事にしよう……。
…
……
………
<?Side>
ウィーラーとシャーリー達がハンガーで、あーだー、こーだとやっていた頃。
ミーナと美緒は、ミーナの部屋でコーヒーを片手に一息ついていた……。
「一応、無事に終わったわね……」
「……そうだな、ミーナ」
そう呟きながら、コーヒーに砂糖を入れるミーナの側で、美緒はブラックコーヒーを啜りながら、短く言葉を返す。その表情は何処か怪訝そうだ。
美緒のそんな表情を見ながら、ミーナは砂糖の入ったシュガーポットを片手に、彼女に問い掛ける。
「やっぱり、自己紹介中にルッキーニさんを投げ飛ばしたりしたことが気になる?」
「……あぁ」
美緒はそう呟きながら、コーヒーをミーナの机の上に置きつつ、こう言葉を続ける。
「彼が、元|特別奇襲部隊《コマンド》の小隊長だった事は知っている。だからといって、後ろから飛び掛かって来た奴の顔を見るよりも先に、ナイフを抜いて、応戦するのか?幾ら、後ろから攻撃される事が多い|奇襲部隊《コマンド》に居たからと言っても、流石にあれはやり過ぎだ……」
美緒のこの言葉に対し、ミーナも「……えぇ」と短くつぶやきながら、こう言葉を続けた。
「確かに幾ら、敵陣のド真ん中で作戦に当たる事が多い特殊部隊の元隊員だからと言って、ネウロイが全く居ない後方の基地で、背後から飛び掛かられただけで、ナイフを抜くのはやり過ぎだわ……。まぁ、彼の場合は、|シェルショック《戦争恐怖症》の傾向もあるのでしょうけど……」
「部下全員が戦死するのを目の当たりにしているからな……。堪えない方が可笑しい話だ」
「……まぁ、それ自体は彼自身に限らず、他のウィッチやウィザード、兵士でも起きる事だし、決して珍しいことでは無いわよ。だけど、彼の場合は、余りにも異質よ……。まるで戦闘用兵器の様に、何の躊躇いも無かったわ……」
「そうだな……」
そう二人は呟くと、先程のウィーラーの自己紹介で、彼が見せた異常な行動……ルッキーニを本気で刺殺しようとした瞬間を思い返し、黙り込む。
暫く黙り込んだ後、ミーナは、少なからず恐る恐るした様な口調で、ゆっくりとこう言い放つ。
「……やはり、彼の脳には、何らかの改造手術が行われている可能性があるわね」
「考えたくも無い話だ……」
「……えぇ」
このミーナの発言に対し、美緒は苦虫を嚙み潰した様な表情で、コーヒーを啜る。
対する、ミーナも美緒と横目に見ながら、彼女と同じ様に苦虫を潰したような表情で、コーヒーを啜った。
心無しか、二人の口の中に広がるコーヒーの苦みが、いつもより強く感じるのを噛みしめながら、ミーナは「……ふぅ」と一息つくと、椅子に腰かけ、机から、一枚のファイルを取り出す。
そのファイルはウィーラーに対して、行われた人体改造手術に関する記録や今後の計画に関して、まとめた物だ。
本来は計画を主導するOSSと、計画に参加している一握りの科学者や医師達にのみ渡される極秘資料であるが、ミーナと美緒は、かねてから計画に否定的・懐疑的なノーマンを通じて、独自に入手する……と言う、まさにコソ泥も同然の行為で手に入れた物だ。
だが、これ以外に、ウィーラーの体に何が行われたのかを明確に知る事の出来る方法が無いのも、またの事実であり、ウィーラーを兵器ではなく、”人間”として生かしたいミーナと美緒にとって、このファイルは絶対不可欠な物である。
ミーナは、そんな絶対不可欠な存在である極秘ファイルを開くと、後ろに居る美緒と共に、ウィーラーに施された改造手術の記録を確認していく。
そこに記録されている数々のグロテスクな手術中の写真、手術によって、ウィーラーの左腕として、取り付けられた節電義手の写真等に顔を顰めつつ、二人は一通りファイルに目を通す。
だが、そこには、『脳改造』の記述は一切見つかる事が無かった。
「やはり、記録には残っていないのか……」
そう呟きつつ、「ふぅ……」と息を付く美緒に対して、ミーナはこう告げる。
「でも、やはり何からあると思った方が良いわね……。ノーマン先生によると、”先生自体も知らない施術が、モニス博士の独断によって行われている可能性がある”って……」
このミーナの発言に、美緒は堪らず「はぁ……」と呟きながら、呆れ気味に、こう言い放つ。
「主治医が患者の状態を全部把握できない状況か……。全く……この世の中にこんなトンデモナイ事態があるものなのか……」
「本当にまったくよ……。一応、ノーマン先生の方でも、どういった手術がモニス博士の独断で行われているかを調査しているみたいだけど、私達の方でも、可笑しいと思った点があったら、注意しないといけないわね……」
美緒の発言に同意するかのように、そう呟きつつ、残ったコーヒーを飲み干すミーナ。美緒も続く様に、すっかり温くなったコーヒーを一気に飲み干す。
そうして、二人がコーヒーを飲み干すと同時に、ミーナが思い出した様に「あぁ」と呟くと、こう言葉を続ける。
「あと、ノーマン先生が宮藤さんの情報が欲しいと言っていたわね」
「宮藤の?」
この突然の発言に対し、美緒が頭に疑問符を浮かべつつ、ミーナに問い返すのを受け、ミーナは「えぇ」と呟きつつ、続けざまにこう説明する。
「万が一、ウィーラー大尉に何かあった場合に備えて、治癒魔法が使えるウィッチが居たら、その治癒魔法に関しての情報が欲しいって」
「それは構わんが……。宮藤の治癒魔法だけでは、ダメなのか?」
「えぇ、ウィーラー大尉の場合は、体の一部を機械化しているから、その機械化した部分の付近の治療や、機械自体が故障や破損して、交換する事になったら、直接、人の手でやるしかないから……って」
このミーナの発言に対して、美緒は「なるほど……」と呟きながら、こう続ける。
「確かに、治癒魔法で壊れた機械は直せなおからな。しかし、本当に面倒な体になってしまってるんだな。あいつは……」
「えぇ……。だから、少しでも人間らしさを取り戻せるように、私達が協力していかないといかないとね……」
「あぁ、そうだな……。じゃあ、早速、宮藤の治癒魔法に関しての情報を私の方で纏めておこう」
「えぇ、お願い」
そう言って、ミーナは、宮藤の治癒魔法に関する記録を纏めに、部屋から退室する美緒を送り出すのであった。
…
……
………
<ウィーラーSide>
ここにきて、初となるP-80の試運転を終えた俺は、自室で原隊に提出する試運転に関する記録をまとめたレポートを書いていた。
「平均油温は……、77.5度か」
さっきの試運転の際にチェックしていた、チェックリストを基に、レポートに書き留めていく。
あー……しかし、書類作業っていうのは、いつやってもメンドクサイ物だなぁ……。
正直、コマンドの頃にやった書類作成なんて、弾薬受理か、死亡報告書ぐらいな物だし……。
今までの軍務や人生全般を見ても、ペンより銃を握っている事の方が多い人生だよなぁ……。俺の人生って、ホント何なんだろう……?
「よし、終わった……」
自分で考えて、嫌になってくる中でも、一通りのレポートを書き終えた俺はペンを机の上に放り投げ、一息つく。
そう呟きながら、レポートをまとめ、原隊への提出用の封筒に放り込み、封筒の封を閉じると、俺は横目でチラリと部屋のドアに視線をやる。
視線の先にあるドアの鍵が掛かっている事を確認すると、俺は「……ふぅ」と一息つくと、ボヤく様にこう言い放つ。
「……やるか」
そうぼやきつつ、座っていた椅子から立ち上がり、ベッドに下に手を伸ばし、1つのトランクケースを取り出す。
少なからず埃をかぶっている、そのトランクケースの埃を払いつつ、俺はケースについているダイヤ式のロックを回し、鍵をあける。
開けたトランクの中に納まっているのは、見た事も無い特殊な形をした工具や接着剤や剥がし液の数々……。
そして、まるで小説『ピーターパン』に登場する「フック船長」の左腕を思わせる無機質な作業用の工具の付いた”作業用義手”だ。
「……はぁ」
これを見る度に、自分が改めて普通の人間ではない事を突きつけられるような気がして、憂鬱なんだよな……。
だけど、今からやるのは、少なからず今の俺が”人間らしさを保つのに必要不可欠な作業”であり、義務だ。
そう自分自身に言い聞かせるかの様に、俺は胸の内で呟きながら、俺は素早く作業を開始する。
まず最初に上着を脱ぎ、肌着だけになると、続け様に口の中にマウスピースを咥える。
口の中に入れたマウスピースを噛みしめながら、俺は右手で左腕の肩部分にうっすらとあるシミの様な模様を指で広げる。
広がったその部分から、黒々とした無機質なナットを連想させる機械部品が顔を出す。
それを確認しながら、俺はトランクの中から、T字型ソケットレンチに似た工具を手に取り、それをナットを思わせる様な機械部品に差し込む。
差し込んだ機械部品とレンチがカチリと噛み合うのを確かめると、俺は一回息を「ふぅ~……」と吐く。
そして、息を吐き終えると同時に、思いっきり全身全霊の力でレンチを回す。
「っ!!」
この間、左腕から、左肩に掛けて走る鈍い痛みを堪えつつ、数秒程、力を入れてレンチを回していると、次の瞬間、左肩から、全体にかけて、電気ショックの様な痛みと痺れが体全体を駆け抜ける。
「ぐあっ!」
この痛みに俺が思わず声を漏らすと同時に……。
ガチャン!
……とまぁ、普通の人間の体なら、間違っても鳴る事は無い金属音が鳴り響き、左腕が、まるで骨折したかのようにダランと力なく下に垂れる。
「はぁ……、はぁ……、はあ……っ!」
激痛によって、乱れる息を整えつつ、俺はブラブラと揺れる左腕を掴み、思いっきり全力で下に引っ張る。
その瞬間、先程と同じ様にガチャン!という金属音と共に、”左腕が引き抜ける”のだった。
「はー……、はー……」
俺は、まだ荒れている息を整えつつ、左腕が引き抜かれた、左肩に目をやると、そこにはギラリ!とした銀色の光沢を放つジョイントパーツが顔を見せていた。
そのジョイントパーツに目をやりつつ、先程、引き抜いた左腕を机の上に置くと、入れ替え様に、トランクの中に入っている作業用義手を右手で掴むと、ジョイントパーツに差し込んでいく。
で、その後は、さっきの逆手順で、数秒程、力を入れて作業用義手をジョイントパーツに差し込み、ナットをレンチで締めて、作業用義手を装着するのだった。なぉ、鈍い痛みは同様にある……。
こうして、取り付けた作業用義手。俺は、それが動くかどうかを確認した後、直ぐに先程、取り外した左腕を弄り始める。
そう……。俺が今から、やる事は、303高地で失った左腕の代わりに付いている節電義手のメンテナンスだ。
この体になって以降、もう既に何度かやった作業だが、やっぱり正直、違和感を感じえない……。
だって、そうだろ?普通の人間だったら、自分で左腕を外して、別も左腕を付けて、外した左腕を弄るなんて、絶対にないし。もしやるのは、ロボットぐらいなもんだぜ、ハァ……。
もう何度目になるかをも数える気すらしなくなるレベルで、付いている溜息を吐きながら、俺は次のメンテナンス作業を始める。
その為に、トランクから取り出したのは、義手についている人工皮膚カバーを外す為の”剥がし液”だ。
俺は左腕につけた、作業用義手の指先で、剥がし液のボトルを掴みつつ、右手でキャップを開けると、キャップの下についている筆で、剥がし液を義手に塗っていく。
剥がし液を塗られた人工皮膚カバーは数秒した後に、剥がし液の効果によって、ベロン!と義手から離れていく。
そうして、剥がれた人工皮膚カバーの裏側に付いた余分な剥がし液や、義手のオイルをウエスで拭い取り、続け様に水に浸したウエスで水拭きし、乾燥させる。
これで、節電義手を覆っている人工皮膚カバーのメンテナンスは完了だ。
んで、俺は休む事無く続け様に、メインとなる節電義手の整備に入る。
まず最初に、トランクから、専用の整備機器を取り出し、義手にある接続部分に繋ぎ、全部の繋いだ事を確認すると、整備機器の電源を入れる。
瞬間、低い金属音と共に電気が流れ、義手の中にある人工筋肉がピクリ!と少し動く。俺はそれを確認すると、機器についているボタンを回す。
その瞬間、義手の指が、まるで意思が宿ったかの様に動き、続けざまに別のボタンを回すと、今度は義手の腕部分が動いていく。
そう……俺が今やっているのは、義手の動作チェックだ。うーん……やっている自分でも、引く様なホラー映画の様な光景だ……。
だが、目の前で起きている事が、この義手が俺の左腕として機能している証である。現に、今使っている作業用義手とは、全く比べ物のにならないレベルで使い勝手が良いのだ。
そんな義手の動作チェックを終えた俺は、整備機材の電源を切り、整備機材を机の上に置き、入れ替え様にオイル缶を右手に取り、左の作業用義手に移すと、缶を上下に振る。
数十秒程、上下に振って、中のオイルを撹拌すると、先程の剥がし液と同様に右手でキャップを開け、キャップと入れ替え様に、手にしたスポイトでオイルを吸い上げ、そして義手の注油部分に油を指していくのだが、これが地味にメンドクサイ……。
というのも、やる内容こそは、スポイトでオイルを取って、指定された場所に注油すると言う簡単な物ではあるが、なんせ差す場所が多いのだ……正直、数えきれない程だ。
だが、やらないと動作不良を起こし、人間らしかぬ、ぎこちない動きになるだけではなく、異音を発生させ、否が応でも、俺の体に何かある事を周囲に悟られるきっかけになりかねない。
もし俺の体が兵器になっている事を知られたら……あぁ、考えるだけでも、頭が痛くなってくる……。
そうならない為にも、この義手のメンテナンスは絶対不可欠なのだ。
そんな面倒があふれる義手の整備だが、黙ってコツコツとやっている内に、何とか全部の整備を終える。
「……よし」
整備に伴い、義手本体に付いた、余分なオイルや鉄粉をウエスで拭き終えた俺は、そう呟きながら、左手につけた作業用義手を外すと、これまた先程と逆手順で、節電義手を左腕に取りつけていく。
なぉ、節電義手を付け、外しする際の激痛は相変わらず……全くツラいわー(棒)
「あー……」
そんな激痛を噛みしめつつ、俺は左肩に付けた、節電義手を動かしていく。
人工皮膚カバーを付けていない、金属を剥き出しにした節電義手が、俺の意思で、普通の人間の手や腕と同じ様にガチャガチャと同じ様に動くのを見て、とりあえずホッとする。
「……ふぅ」
そう短く息を吐き、一仕事終えた事に安堵しながら、とりあえず机に置いてあったコーヒーの飲み干すと、俺は先程から、乾かしていた人工皮膚カバーと接着剤を手に取り、最後の仕上げ作業にかかる。
まず最初に肩部分の人工皮膚カバーを手に取り、裏返すと、接着剤を塗り、まるで、破れた壁紙かカバーを修理するかのように、義手に装着し、脇にはみ出た接着剤を拭っていく。
これと同様に上腕部と、前腕部の人工皮膚カバーにも、接着剤を塗り、義手に張り付ける作業をし、残すは手の部分だけとなった。
「……よし」
はみ出た接着剤を拭ったウエスを机の上に置きつつ、まるでゴム手袋を思わせる、手の部分用の人工皮膚カバーを手に取り、手に付けようとした時だった。
『ウィーラーさん、居ますかー?』
「っ!?」
と、余りにも突然、最悪のタイミングで、ドアのノック音と共に宮藤の声がドア越しに掛けられる。
クソッ!一番、目立つ手の部分の人工皮膚カバーを付けてない状況で訪問されるとか、マジで最悪のタイミングだ!!
「おっ、おう!ちょっと待ってくれ!!」
『あ、ハイ』
焦りと憤りが混じった感情が胸の中で沸いてくる中、俺は、宮藤の呼びかけに応答しつつ、荒々しくトランクの中に作業用義手やら、整備道具を放り込んでいく。
んで、全ての道具をトランクの中に詰め込み終えるなり、荒々しくベッドの下に放り込む。
その際、凄まじい音が鳴り響くが気にしてはいけない……この世には触れてはいけない絶対的な領域ってのがあるからな。うん!
胸の内でそう思いながら、ベッドの下に放り込んだトランクが、奥に隠れた事を確認した俺は、すぐさま机の引き出しを開け、中から、”とある物”を取り出す。
それは、”厚手のグレーの手袋”だ。
主な使用目的は、今の様に、手に人工皮膚カバーを付けていない状況下で、人前に出る時なのだが……。
ぶっちゃけた話、元の皮膚と人工皮膚カバーの色合いが、かなり違うので、正直、殆ど人前に出る場合は付けているな……。
まぁ、我ながら、そこまで人の手を注目して見る人なんて、殆ど居ないし、居たとしても、「ちょっと日焼けした」とか、「ちょっと大きい傷跡が……」的な事を言えば、殆どの人は納得するしな……。
つーか、それ言っちゃ、左目周辺の人工皮膚カバーに至っては、もうバレてるも同然だよな……。まぁ、こっちの方は常に人目に付く部分と言う事もあってか、超が付く程に細かく色合いが調整され、付けている俺ですら、調整した奴に指摘されない分からないレベルにまで、同化しているから、問題ないのだろうけど……。
と言った感じで、我ながら、考えすぎだとは思うのだが、やはり己の体を兵器に改造されているという事実から、無意識の内に、気にしてしまうんだろう……。
そう胸の内で思いながら、グレーの手袋を機械が剥き出しになっている左手にはめると、手を結んで、開いてを繰り返して、義手の動作及び、手袋に破れ等が無いことを確認する。
「……よし!」
全ての問題が無いことを確認にした俺は、直ぐにドアの鍵&ドア本体を開け、ドアの前で待っていた宮藤と対面する。
「悪い!待たせたな」
「いえ、大丈夫ですよ!」
宮藤は、そう言いつつ、俺の言葉に短く返すと、続け様に、こう言い放つ。
「さっき部屋から、凄い音していましたけど、何かあったんですか?」
「あー……いや、さっきまで、原隊の上官から頼まれていたP-80用の部品の調整をやっていてな……。ちょっと工具を落としただけだ」
宮藤の問いかけに、俺が少なからず遠い目をしながら、とりあえず「ありきたりの、それっぽい理由」を、でっち上げる。
俺の言い放った「ありきたりの、それっぽい理由」に対して、宮藤も特に深く疑問を持つ様な事無く「あ、そうなんですか」と、納得した様子だ。
そんな宮藤に対して、今度は俺が問い掛ける。
「それで……一体、何の用だ?」
「リーネちゃんの実家から、紅茶が送られてきたんです。それで、皆で飲もうっていう事で、ウィーラーさんにも声を掛けて来て……と頼まれたので」
「紅茶か……」
コマンドだった頃には、一切の縁が無かった飲み物だな……。宮藤から、「紅茶がある」と聞かされると同時に、そんな考えが俺の脳内を過った。
というのも、隠密作戦が基本のコマンドにおいて、作戦中に”火を使う行為”というのは、まさに『自殺志願者』も同然の行動だったからだ。
素人からすれば、なんてことも無いタバコの煙すら、コマンドにおいては、命取りだ。実の所、たばこの煙は風の向きなどによって、多少の違いは出る物の最大で”約200メートルも流れていく”事もある。つまり、200メートル先の敵に「自分たちは、此処に居るので、殺しに来てください」と言ってるも同然なのだ。
だからこそ、コマンドにおいては、先に述べた、タバコの煙は勿論、レーションを温めて食べるなんて行為は、まさに夢のまた夢みたいな物であり、無論、紅茶やコーヒーと言った暖かい飲み物なんて蜃気楼と同じ様な存在ですらあった。
唯一の例外は、撃墜されたウィッチの捜索救難任務において、救助したウィッチの飯ぐらいだろう……。バカに良い表情で食っていたな……。ま、飲まず食わずで、敵陣を逃げ惑っていた彼女達からすれば、やっとこさありつけた食い物だから、そりゃ嬉しい物だろう。
そんな食事中の彼女達の傍で、俺達、コマンド隊員達は鬼の形相で、目を血ばらせつつ、地の果てを見つめ、銃のトリガーに指を掛け、「目の前で動いた物は全て容赦なく撃て!」と言わんばかりに、神経をすり減らしつつ、彼女達の優雅な食事時間を見守っていた訳だが……。
今となっては、懐かしいコマンド時代の思い出を思い返しつつ、それと同時に、ココが周囲を気にせず温かい物が飲める後方拠点である事を、ふと再確認する。
「ウィーラーさんも、一緒にどうですか?紅茶は、熱いのが、美味しいですよ?」
そう胸の内で思っている中、宮藤が、俺に対し、どうするかを聞いてくる。
正直な所……|ココ《501》の連中とは、”良い初対面”をしていないし、今後も、此処にいる以上は、多少なりとも関係を持つ事になる訳だから、必要最低限の付き合いぐらいしておくべきだろう……。
そう判断した俺は、宮藤に対して、こう短く言葉を返す。
「……あぁ、貰おうか」
「じゃあ、ウィーラーさんの分も用意してきますね♪」
そう言って、宮藤は笑顔を浮かべつつ、紅茶の用意をする為に走り出すが、途中で、何かを思い出した様に「あ!」と呟きつつ、俺の方を振り返ると、こう言い放つ。
「そういえば、ウィーラーさんのカップがまだ無い……って、リーネちゃんが……」
「じゃあ、自分の持ってくるさ」
この俺の発言に対し、宮藤は「えっ?」と言わんばかりの表情で、こう言い放つ。
「持っているんですか?」
「コマンド時代の支給品だがな……」
「じゃあ、スイマセンけど、それ私に渡してください。洗ってきますので!」
「そうか、悪いな」
と、俺が軽く礼を言うと、宮藤は「気にしないでください!」と満面の笑みを浮かべながら、答える。
コイツ、軍人としてはあれだが、人としては、よー出来ている奴だな……。
宮藤の笑みを見て、そう思いながら、俺は自室に置いてある私物入れの木箱を開けると、中に入っていたコマンド時代に支給された、鉄製のミリタリーマグを取り出し、宮藤に渡す。
それを受け取った宮藤は「うわぁ~……」と、感嘆の声を上げつつ、ミリタリーマグを、物珍しそうに、見つめると、こう一言。
「凄いですねぇ~……」
「そうか?リベリオン陸軍じゃあ、普通の支給品だぞ?」
そう俺の説明を聞きながら、宮藤は「へぇ~……そうなんですか?」と答えつつ、更にこう述べる。
「じゃあ、洗ってきますので、休憩室の方に来てくださいね」
「あぁ、分かった」
宮藤の呼びかけに、そう俺が答えるのを聞き、宮藤は俺のミリタリーマグを手に走っていく。
そんな宮藤の走り去る様子を後ろから、見ながら、俺は改めて思うのだった……。アイツの様な、”良い人間”が戦場に居るとはな……と。
あー……とりあえず小便でもしてから、茶会に向かうとするか……。
そんな考えを吹っ切るかのように、俺は考え、便所へと足を向けるのだった……。
…
……
………
んで、小便をし終えて、茶会会場へと俺が向かうと、そこには既に集合していた501の面々が、各々のティーカップを手に、先に茶会を始めようとしていた。
「あ、ウィーラーさん。今、紅茶、入れますね」
「悪いな」
俺がやって来た事に気づいたリーネが、ティーポットを手に、俺の渡したミリタリーマグに紅茶に注ぐのを見ながら、俺が開いている席に腰かけると……。
「よっ♪」
「またお前か……」
最早、テンプレートと言うべきか、シャーリーが、まぁ~……実に意気揚々と言わんばかりの表情で、俺の下へとやってくる。
そんなシャーリーを横目で見ながら、俺がリーネから、紅茶の入ったばかりのミリタリーマグを受け取る傍で、シャーリーが、こう切り出す。
「お前が弄って良いって、言っていたP-47だけど、早速弄らせてもらったぜ!」
「あぁ、そうかい。弄った内容をまとめたレポートは?」
「そんなの後で、後で!ちゃんと渡すから、心配するなって!!」
「……ホントかよ?」
そう言って、実に満足したような表情を浮かべるシャーリーに対し、俺が疑問を拭いきれない表情で問い掛ける傍で、シャーリーは「あぁ!」と、相変わらずの良い笑顔で答えると、手にしていたティーカップに注がれている紅茶を一口、喉に流し込み、こう一言……。
「あー、今日の紅茶は一段と旨いわー♪」
「………」
とまぁ、まるで風呂上りにビールを一気飲みするオッサンの様に、これまた実に良い笑顔を浮かべているのだった。
っていうか、ウチの原隊の姉御方……特にアリシア中佐が、もろにコレだ……。うーん、コイツも姉御型と同じ系列の人間か……。
俺って、ベイカー達やノーマン先生を除けば、ホント、人運に恵まれないなぁ……。はい、チクショーメェェェェーッ!!
とまぁ、心の中で、一人絶叫しながら、ミリタリーマグに並々と注がれている紅茶を喉へと流し込んでいると、俺の事を見ていた、バルクホルンが話しかけてくる。
「おい、コマンド」
「コマンド……って、俺の事か?」
「あぁ、元コマンド部隊の奴は、お前しかいないだろ?」
そう言って、まさに「お前は何を言ってるんだ?」と言わんばかりの表情で、俺に視線を向けるバルクホルン。
うーん……こいつ、やることなすこと、規則やルールを原則とする堅物のくせに、人のあだ名を勝手につけるタイプかよ……。
そのあだ名も、何の捻りも無いストレートな事実を基にしている所は、カールスラント人ならでは……と言った所か……。
ま、その方が多少なりとも人間らしくて、良いんだろうけど……。
俺は胸の内で、そう思いながら、バルクホルンに「……まぁな」と短く返すと、俺とバルクホルンのやり取りを聞いていた、シャーリーが、呆れた様な表情で、こう言い放つ。
「お前、相変わらずネーミングセンスないなぁ~……。私だって、リベリアンだし」
「何を言う、リベアン。お前のリベリアンっていうのも、お前がウィーラーが着任するまで、唯一のリベリオン人だったから、その事実に基づき、リベリアンと命名したんだ」
「はっ!ただ単純に目の前の事実を拾って、付けただけじゃないか……そのお前の理論で行ったら、お前のあだ名は『カタブツ』じゃないか」
「んなっ、なっ、何をー!?」
茶化すようにそう言ったシャーリーの言葉を聞き、顔を真っ赤にしたバルクホルンがティーカップを机に置くなり、ズカズカと詰め寄る中、シャーリーは俺の後ろに回り込むと、こう一言……。
「それ行け、コマンド部隊!!」
「は?」
俺がその内容に対し、咄嗟にティーカップをテーブルに置きつつ、己の耳を疑うよりも先に、シャーリーは俺の背中を押し、詰め寄ってくるバルクホルンに対し、俺を近づけていく……って、オイオイオイ!!!!
「はっ、えっ?チョ、待てよっ!」
と俺が、シャーリーを止めようとした時には、もう既に俺の顔面に顔全部を真っ赤にしたバルクホルンが、怒りの混じった声で、こう言い放つ。
「そこを退かんか、コマンド!!」
「いや、俺も退きたいんだが……!?」
と言って、とりあえず目の前にバルクホルンを宥めようとするが、もう既に頭に血が上っているバルクホルンは右手を握りしめるなり……。
「退かぬと言うのなら、うおおおぉーッ!!」
と言いつつ、思い切り握りこぶしを顔面目掛けて、振りかざそうとする……って、ちょ、マテやゴラアアーッ!?
「ぬんっ!!!!!!!」
「!!!」
そう言って、俺が心の中で絶叫すると同時に、振り下ろされるバルクホルンの拳。
咄嗟に俺はそれを素早く右手で払いのけると、逆に振り下ろされたバルクホルンの腕をつかみ、思いっきり反対方向に引っ張る。
「っ!?」
そうすると、バルクホルンは引っ張られた勢いそのままに、反対側へとすっ飛んでいくなり、そこにあった空の木箱にガシャーン!!と、コメディ映画の様に突っ込んでいく。
「おぉー!!」
「アハハハハッ、こりゃ傑作だね!!」
「「「「………」」」
その様子を見ていたシャーリーが感嘆の声を上げ、ハルトマンが腹を抱えて笑う中、他のメンバーは呆然としていた。
んで、俺はその様子を見て、我ながら、とんでもないことをしてしまった事を、今更ながら悟った俺は、直ぐに壊れた木箱の上で呆然としているバルクホルンに話しかける。
「おっ、おい!大丈夫か!?」
「あっ……、あぁ……。流石は元コマンド部隊だな……」
何処か呆然としつつ、ばつが悪そうに答えるバルクホルン。そんなバルクホルンに対し、俺は口調を強めながら、こう言い放つ。
「お、お前、頭に来たからって、いきなり殴りかかってくるなよ!?俺が元コマンドの人間だから、良かったような物の、並の人間がお前にパンチされたら、顔面吹っ飛んで、即死するレベルだぞ!!次から、気をつけろ!!」
「あっ……、あぁ……。すまなかった……」
そう言って壊れた木箱のクズを払うバルクホルンを見ながら、俺は「ギッ!」という音が聞こえかねない勢いで、シャーリーの方を向くと、こう言い放つ。
「お前も、むやみやたらに人を茶化すんじゃねぇぇぇーっ!!」
「えっ、あたしも?」
「たりめぇだああーっ!次から気をつけろってんでぇい!!バーローがぁっ!!!」
俺の指摘に対し、あっけにとられたような表情のシャーリーに対し、俺は彼女に一発派手に雷を落としながら、席に座る。
そうして、机の上に置いてあったミリタリーマグを再び手に取り、再び紅茶を喉へと流し込んでいく……。
「ぬっる……」
んで、さっきのドッタンバッタン大騒ぎの最中に、すっかり温くなった紅茶が喉に流れる感覚を感じると同時に折角の温かい物を逃した事に、苦虫を潰した様な表情になる俺。
そんな俺を表情に気付いたリーネが、こう話しかけてくる。
「あの……。温かい紅茶を入れましょうか?」
「まだ、あるの?」
「えぇ」
「じゃあ、頼む」
リーネに、ミリタリーマグを渡し、新しい紅茶が来るのを待っていると、今度はハルトマンが「ニカーッ!」と実に楽しそうな笑みを浮かべながら、紅茶の入ったティーカップを片手に、俺の元にやってくる。
「いやぁ~……。君、強いねぇ~……。やっぱりコマンドって、殴り合い強いの?」
「まぁな……格闘戦訓練は、事あるたびにやっていたし、ネウロイによじ登って爆弾仕掛ける……なんて訓練も日常だったぜ」
「うわぁ~、厳し~……。私だったら、絶対、翌日の朝、起きられないよ……」
俺の語るコマンド時代の経験を、苦虫を嚙み潰した様な表情で聞きつつ、紅茶を啜るハルトマンに対し、俺はサラッと残酷な事実を告げる。
「因みに、睡眠時間は10時30分で、起床時間は毎朝4時30分だったな」
「ブフーーーッ!?」
この俺の発言に、ハルトマンが可愛らしい顔に決して似つかない凄まじい表情&勢いで、紅茶を口から噴き出す……ってか、汚ねぇなぁ~……オイ……。
胸の内で、そう思いながら、噴き出した紅茶を布巾で拭いてるハルトマンを見ていると、当の本人は「信じられない!」と言わんばかりの表情で、こう聞いてくる。
「起きるのが4時30分って、ホント!?まだ日が昇っていないよね!?そんな時間に起きるの!?」
「朝4時に起きるのが、決まりになってんだから、そりゃそうだろうが……っていうか、ウィッチ隊って、何時に起きるんだよ?」
「朝の11時……「それはお前だけだ!!ココでの起床時間は6時丁度だ、たわけ!!」ギャフン!!」
俺の問いかけに答えようとしていた所に、復活したバルクホルンによって、頭に拳骨を叩き込まれるハルトマン。
とりあえずさ、俺だって軍隊生活長いからね……。朝11時に起きる物じゃないって事は、流石に違う畑から来た俺でも分かるよ……。
呆れと言うか、バカバカしい……と言いますか……とりあえず何とも言えない微妙な感情が湧いてくる。
そんな感情と共に、俺が頭にでっかいタンコブを作っているハルトマンを見つめていると、そのハルトマンの頭にタンコブを作ったバルクホルンが、赤くなった拳を「ハァ~……」と冷ましつつ、俺に聞いてくる。
「まぁ、起きるのが早いと言えど、流石に睡眠時間は、コマンドでも、保障されているんだな」
「後方での、訓練期間中はね。ま……一度、作戦開始となれば、ロクな睡眠時間はどころか、飯を食う時間も、糞する時間も、全く無いぜ」
「作戦中、どのくらい寝れればいいんだ?」
「1週間ぶっ通しの作戦中に約4時間の仮眠が取れれば、良い方さ」
「1週間連続の作戦中に4時間の仮眠だけか……。確かに、それはキツイな……」
流石にこれは、歴戦のウィッチであるバルクホルンも出来る事なら勘弁して欲しいのか、「お前も苦労していたんだな……」とでも、言いたげな表情で、俺を見つめてくる。
確かに、好きで1週間に4時間しか寝れない生活を選ぶ奴なんて、よほどの過労死志願者ぐらいの物だろうけどな……。まぁ、そうはいっても……。
「こればかりは、隠密作戦に従事するコマンドの性質上、しょうが無いし、そんな無茶苦茶な生活でも、やっている内に自然と慣れるもんよ……」
「……慣れるのか」
と言った感じで、バルクホルンを相手に、俺のコマンド時代の経験を語っていると、リーネが、新しい紅茶を入れた、俺のミリタリーマグを片手に、やってくる。
「はい、どうぞ」
「悪いな」
そう言ってリーネから紅茶を受け取りつつ、彼女のを横目に見ながら、俺はこう言葉を続ける。
「あー……そう言えば、コマンド時代の指導教官は全員がブリタニア軍から来ていたな……。まぁ、ブリタニア軍が、この戦争において、初めてウィザードによる特殊部隊における特殊作戦を行ったんだっけ?というか、そもそも、ブリタニア軍には、伝統的にウィザード部隊があるんだっけ?」
この俺の問いかけに、リーネは、椅子に腰かけつつ、「えぇ」と短く答えると、更に言葉を続けた。
「中世の頃から、ブリタニア軍には、ブリタニア王室の近衛兵部隊として、ウィザードで編成された部隊が常設されていて、ブリタニア王女の護衛や式典における儀仗に当たっている歴史がありますよ」
「へぇ~、そんなに歴史があるんだね」
と、リーネの説明を、彼女の側で聞いていた芳佳が、感心した様な口調で、そう答えると、続け様にこう俺に問い掛けてくる。
「ウィーラーさんの居たウィザードで編成された、コマンド部隊みたいな特殊部隊って、リベリアンやブリタニア以外にも、扶桑や、オラーシャにもあるんですか?」
「あぁ、ある事にはあるぞ。俺が知ってる範囲だと、扶桑は陸軍に義烈空挺隊、海軍に海軍陸戦隊落下傘部隊があったし、オラーシャだと、海軍特殊コマンドや空挺軍特殊任務隊って所だな。全部、一回は共に仕事した仲だ」
そう言って、一しきりの説明を終えた俺が紅茶を喉に流し込んでいると、俺の話を聞いていたサーニャが思い出した様に、こう言い放つ。
「オラーシャ海軍の特殊コマンドには、私の知り合いが居るんですよ」
「へぇ……s「ソんな話、初耳ダゾ!?」人の話に割り込むな……エイラ……」
と言った感じで、超が付く程のショックを受けた事がまるわかりな表情で、人の話に割り込んでくるエイラに対して、突っ込みを入れるが、当の本人は……。
「サーニャ、一体ドウイウコト!?」
「落ち着いて、エイラ……」
「まぁまぁ……落ち着けよ、エイラ……。サーニャも、その知り合いとは、知り合いの関係なんだろ?」
もう”心、此処にあらず”と言わんばかりに、狼狽にも近い混乱状態で、サーニャに問い詰め、そんな彼女に問い詰められているサーニャも困惑し、流斬も必死にエイラを宥めている。
あー……エイラは、”あっち方面”の人間なのね……。まぁ、ストレートでも、とっかえひっかえで、宜しくヤってるよりは、純粋なだけ、遥かにマシよ……。
っていうか、”親の宜しくヤッてる”所程、ガキが目撃して、トラウマになるものは無いよ……、うん……。
まぁ、俺の場合は、母親の職業が”娼婦”だったって事なんだけどね……っていうか、俺の中にある母親の記録は、それぐらいなんだよね……。
紅茶片手に俺の幼い記憶の中、微かに残っている母の記憶を辿っていた時だった。
「あら、皆、楽しそうね♪」
「お、紅茶か」
と呟きながら、笑顔のミーナ中佐と坂本少佐が、茶会に合流する。
「どうぞ」
「ありがとう、リーネさん」
「悪いな」
最早、紅茶担当となっているリーネから、紅茶の入ったティーカップを受け取ったミーナ中佐と坂本少佐。
俺が、そんな二人の様子を横目で見つつ、手にした紅茶を啜っていると、坂本少佐が俺に向け、こう言ってくる。
「どうだ、ウィーラー?前線基地でティータイムなんて、コマンド部隊じゃあり得ないだろう?」
「……えぇ、そうですね。敵陣での作戦中は、火を起こすのは絶対にご法度でしたらからね。一応、野外調理用の固形燃料とかは支給されていたんですけど、殆ど、爆薬の着火剤代わりに使用していましたよ」
そういって、俺がコマンド時代の経験を語ると、続けざまにミーナ中佐が、こう問いかけてくる。
「あら、それじゃ、戦闘以外で、貴方達が火を使う時は、何を使って、火を起こしていたの?」
「ピーナッツバターですよ。あれに火をつけると、よく燃えるんです。だから、コマンドでは、ピーナッツバターは、食料というより、燃料扱いでしたね。あとツナ缶でも、ツナの油に糸を浸して、火をつけると、これもよく燃えますよ」
「へぇ~、それは知らなかったわ」
俺の経験談&豆知識に対し、そう感心したような表情を浮かべるミーナ中佐。
まぁ……こんな知識を習得している奴なんて、コマンドの隊員以外じゃ、よほどの物好きか、南極とか行くような冒険家ぐらいのもんだろうなぁ~……。
ふと、ミーナ中佐の表情を横目で見つつ、そんな事を思いながら、周りを見渡してみる。
「だから、そうじゃないと……」
「お前は固すぎるんだよ!」
「このクッキー、すごい美味しい!!」
「えぇ、実家の方でも、美味しいって評判なんですよ」
「うわぁ~……リーネちゃんのご実家では、こんなものが食べられるんだねぇ~。羨ましいよ」
そこでは、シャーリーや、バルクホルンと言った他の面々も、気楽に肩の力を抜いた様子で、各々のコミュニケーションを繰り広げている。
そんな彼女の達の様子を見て、ふとベイカー達と過ごした日々が頭の中を過っていく……。
『おい、ウィーラー。消火器ないか?』
『何に使うんだ、ベイカー?』
『コーラとビールを冷やすんだよ。うーん、戦車隊から、調達するかな?』
『アホ。この前、戦車隊の整備ヤードから、勝手に調達した件で派手に整備班長に怒られたんだよ。普通に糧食班に行って、冷蔵庫を間借りさせてもらえ』
『糧食班の連中が、冷蔵庫を貸してくれねぇんだよ!』
『何で?』
『今度、ウィッチ隊が派手な作戦をするみたいなので、そんな彼女達への特別メニューで使う食材でいっぱいだって言ってましたよ……』
『姫様たちが優先ってわけか……』
『いつもの通り、俺たちの扱いは雑な訳ですよ!』
そこら辺の原っぱの一角に広げた、前線拠点の野営地で交わした、何気なく戦友達と交わす普通の会話……。
それさえも今となっては、懐かしく、手に入る事のない寂しい思い出と化してしまった……。
内容こそ、何気もない年頃の女子らしい可愛らしいシャーリー達の会話を聞き、そんな何とも言えない複雑な感情が沸き上がると共に、俺の胸の内で、何処となくナイフの様に刺さるかの様に、チクリと痛む感覚が走る。
「……はぁ」
そんな胸痛を抱えながら、俺は、まるで胃薬でも飲むかのように、紅茶を一口喉へと、流し込んだ時だった……。
『ウゥゥゥウゥゥゥ~~~~~~~~~~~~~~~~!!』
……と、耳をつんざかんとばかりの大音量で、サイレンが基地中に鳴り響く!
同時に、さっきまで笑顔で茶を楽しんでいたシャーリー達の顔に、一瞬で緊張が走る!!!
「ネウロイだ!全員、緊急発進!!」
すさまじいサイレン音の中、坂本少佐が、俺達に出撃命令を叫ぶ中、俺は最早、条件反射的に体が動いていた。
「回せぇぇぇーっ!!」
そう大声で叫びつつ、手に持っていた紅茶の入ったミリタリーマグを壁に向け、放り投げつる。
ガンッ!と凄まじい音と共に、マグに入っていた紅茶が飛び散るのも、気にせず、俺は全速力で、俺はハンガーへ向けて走り出す。
そんな俺と同じ様に他の501の面々も続いて、ハンガーへと足を向けようとするが……。
俺が”先程、投げつけたミリタリーマグが、壁にめり込んでいる”という事に呆然としていた。
「すげぇ……」
「こんな事、あるんだね……」
「あいつだけは、本気で怒らせないでおこう……」
まるでシュールなギャグ漫画の様な光景を前に、思わず敵襲下にある事を忘れ、そのシュールな光景に見入るシャーリー達に対し、美緒はすかさず雷を落とす。
「お前達!そんな事に、感心してる場合か!!早く行け!!!」
「「「「はっ、はいっ!!!」」」
この美緒の檄に我を取り戻した様子で、すぐさま、ハンガーへと向け、全力で走り出すシャーリー達であった……。
俺はモスボール状態で、原隊から、|此処《501》に送られてきたP-80を開封&整備する為に、ハンガーへと足を向けていた……あの|西の奴《シャーリー》も一緒に……。
「なぁ~……頼むよ~!!同郷の吉見としてさぁ……」
「同郷つーても、俺は東で、お前は西じゃねぇかよ。東と西じゃ、全くの別物だぞ……」
と言った感じで、まるで血を求めて、足に張り付くヒルの様にべったりと寄り添ってくるシャーリーをあしらいながら、ハンガーへと、やってきた俺は、とりあえず、愛機であるP-80の置かれている場所&状況を確認し、そして軽く絶望した。
何故なら、よりによって、俺のP-80が置かれているハンガーの隣のハンガーに置かれているストライカーユニットが、ノースリベリオン社製のP-51・マスタング……リベリオン陸軍航空隊の現主力ストライカーユニットだ。
で、現在、501に居るリベリオン陸軍航空隊所属の人間は俺と隣に居るシャーリーだけ……んで、俺の愛用のストライカーユニットはP-80だから、先の状況と合わせて、消去法で考えると、この目の前に置かれているP-51の主は……。
「………」
「ん?」
と、俺の横目で向ける視線に対して、首を傾げる爆乳のコイツになるわけだ……。
何で、よりによって、コイツの隣に……。まぁ、単純にリベリオン人同士だから程度の浅ーい理由でなんだろうけどさぁ……。
そう思うと、思わず「……はぁ」と深く溜息を付かざるを得ない俺を見て、更に隣に居るシャーリーは「んん?」と頭に疑問符を浮かべている。つくづく、能天気な西側ヤローだぜ。
あと地味に、バルクホルンを始めとする他の501の面々も、遠めに俺とシャーリーの様子を見に来ている。現在進行形で燃えている火災現場か、犯人の立てこもっている事件現場に集まってくる野次馬かよ、てめぇら……。
まぁ……とりあえず、P-80をモスボール状態から、復帰させるか……。
「はぁ~ぁ……」
「溜息の多い奴だな、お前」
「……はぁ」
今日の溜息の原因の約半分がお前だよ……。シャーリーに対し、胸の内で盛大に突っ込みながら、本日、何度目になるか分からない溜息を付く。
その後、俺は腰からぶら下げていたV-42スチレットを引き抜くと、それを使ってモスボール状態のP-80を開封していく。
開封作業を始め、P-80を包んでいた油紙やゴムを取り除いていくと、段々とP-80の姿が見えてくる。
「おぉ~っ!!」
「すっごーい!」「新型か……」「私たちの使っているストライカーユニットとは、全く違う形ですね」
それと同時に、
乗り慣れている&見慣れている俺からすれば、特に目を見張る様な物では無いが、初めて見るシャーリー達の前に姿を現したP-80は、彼女たちからすれば、まさに”未知との遭遇”らしく、興奮気味のシャーリーを始め、他の面々も様々な反応を見せる。
まぁ、確かにパッと見た限りでも、此処に置いてある他のレシプロストライカーと比べて、P-80が圧倒的に近未来的なデザインをしているから、所謂、クラシカルな雰囲気のレシプロストライカーを見慣れている彼女たちからすれば、まさにSF映画の中から、飛び出してきたかの様な感覚になるんだろうけど……。
「……そんなに驚く物か?」
「驚くよ!すげぇ物、使ってるな、お前!!」
俺の問いかけに対し、まるで始めて蒸気機関車を見る子供の様なテンションのシャーリーは高すぎるテンションそのままに、こう言葉を続ける。
「これジェットストライカーか!?」
「……まぁな」
「おおおおっ!名前は!?」
「P-80。非公式名称、シューティングスター……」
「うっひょー!勇ましい名前付いてるぅっ!!」
そう言って、興奮するシャーリー。コイツ事ある度に喧しいヤローだなぁ……。
んな事を思いつつ、相変わらずP-80の開封作業を続け、開封し終えた俺は、直ぐにP-80をハンガーにセットする。
続け様に、傍に置いてあった木箱を開け、中に納まっていたパラシュートパックや、空間失調対策用のアラーム付き高度計を取り出し、ハンガー内の置き場にセットしていく。
「いちいち、そんなの使うのか?」
「……一応、実戦配備こそしているけど、コイツは試作品だしな、何が起きるか分からん。そもそもレシプロストライカーと、ジェットストライカーじゃ、全く速度や機械構造なんかが全く違うんだ。将来的には、パラシュートパックと空間失調対策用のアラーム付き高度計が、ウィッチの標準装備になる……って、原隊の姉御……じゃなくて、上官は言っているな」
そうシャーリーに対して、説明しながら、高度計等が動くかどうかをチェックしていると、シャーリーは苦虫を潰したような表情で、こう言い放つ。
「えぇ~……マジで?」
いかにも「めんどくせー」と言わんばかりの表情でぼやくシャーリー。
まぁ、確かに今のレシプロストライカーを使っているウィッチのスクランブルなんて、ストライカーを足にはめて、魔力発動させて、銃と弾薬を持つ……と言った感じの3ステップで、出撃準備完了だからな。
出撃の度、ストライカーを足にはめつつ、パラシュートパック背負って、高度計付けて、銃と弾薬を装備すると言うのは、手間が掛かるからな。
ま、そこら辺の問題点も洗い出す為の実戦投入なんだろうけど……っていうか、”そもそもの最大の問題点”として……。
そんなことを胸の内で思いつつ、俺はそもそもの最大の問題点に関し、シャーリーに向け、こう言い放つ。
「ま、安心しろ……。ジェットストライカーが、前線を張る頃には、俺達は揃って20歳で現役引退だよ……」
「……あ~」
俺の指摘に対し、何処か思い出しつつ、達観した様な声で、遠く泳いでいる目で何処ともなく宙を見つめるシャーリー。
あー……世間一般的なウィッチがこの種の話を聞いてする反応って、これが普通かね?
胸の内で、そう思いながら、俺は開封を終えたばかりのP-80の動作チェックに入る。
まず最初にハンガー内に設置された工具箱を開け、中から、検査機器を取り出すと、素早くP-80の検査用ハッチを開けて、内部機器に検査機器をセットして、続け様にP-80の正面側にあるハンドルを引く。
その瞬間、「プシュー……」と言う空気の抜ける様な音と共に、P-80の正面ハッチがパカッ!と観音開きで、開く。
「おぉ、スゲぇ!!」
「………」
観音開きで、開いたP-80のハッチを見て、興奮気味にそう言い放つシャーリー。
他のウィッチの面々も「おぉ……」と言った感じの反応だ。まぁ、そりゃ今までストライカーユニットは、上から脚を入れるというのが常識だったんだ。その常識をぶっ壊すかのような、新方式の装着方法だから、驚きもするだろうな……。
なぉ、この方式は俺のP-80だけではなく、原隊の姉御方が使っているP-80も同様の装着方法だ。要は|俺《ウィザード》専用のシステムじゃないって事!!
そんな事実&興奮気味に内部構造を見ようと必死になっているシャーリーを横目に、そんな彼女を全力で無視しつつ、俺は後ろ向きになり、素早く両足をストライカーに収めた瞬間、P-80のハッチがガチャリ!という音と共に閉まり、ロックがかかる。
これで発進準備は完了だ……。
そう思いながら、俺は気を高め、魔力を発動する。
その瞬間、頭から使い魔のホワイトタイガーの耳が具現化し、同時に燃料となる魔力がストライカーへと流れだす。
暫く、目を瞑る様にして、魔力をストライカーに流した後、俺はハンガーに設置されている補助動力装置のコンプレッサーの起動スイッチを押す。
瞬間、コンプレッサーが凄まじい機械音を上げて、まるで呼吸する肺の様に圧縮空気を吐き出し、P-80のエンジンへと流し込む。
すると、まるで眠っていた獣が目を覚ましたが如く、ストライカーの足元に青い魔法陣が展開。
同時に、P-80に搭載されたブリタニア製のハルフォードH.1B遠心式ターボジェットエンジンが起動し、独特のエンジン音を上げ、ハンガー中にエンジンを響かせていく。
「うおおおおおおおおおおっ!!」
「………」
同時に直ぐ近くに居るシャーリーのテンションも急上昇……ホント、終始うるせぇ野郎だな……。
そんな胸の内を抱えつつ、俺は手にした計器やチェックリストを基にエンジン出力、油温、各部動作を確認し、レポートに記入していく。
「エンジン出力、250。油温、98度。右フラップ、異常なし」
と言った感じで、まるで己に言い聞かせる様に口にチェック項目を口ずさみながら、手にしたチェックリストにチェックを入れていく。
「全チェック良し、点検終了。エンジンカット」
チェックリストに載ってあるチェック項目を全部確認し終えた俺は、ゆっくりと魔力を減らしていきながら、P-80を停止させる。
そうして、P-80のエンジンが完全に停止するのを確認し、俺が「ふぅ……」と一息ついた瞬間だった。
「凄いな、コイツ!!なぁ、本当に5分だけで良いからさ、これを使わせてくれよ!!な、同郷の人間としてさ?」
「……いい加減にしろ」
と言った感じで、先程と同様に……と言うか、先程よりも、俺の顔に近い距離に近づけながら、興奮した様子のシャーリーが、懲りずにP-80の使用を願ってくる。
あ~……全く、つくづくあきらめの悪い西側野郎だな……。
彼女の背景に「グイッ!」と言う文字が見えかねない勢いで、顔を近づけつつ、懇願してくるシャーリーの顔を抑えながら、俺は呆れつつ、最早、苦し紛れにも近い感情で、横目で傍に置かれた木箱を指しながら、シャーリーに対して、こう告げる。
「とりあえず、そこに置いてあるP-47でも使ってろよ!!」
俺の提案に対して、シャーリーは「えっ?」と一言呟きながら、横に置いている木箱に視線をやったかと思った次の瞬間には、凄い勢いで、その木箱に駆け寄るなり、勢い良く木箱の蓋を放り投げる形で、開ける。
んで、シャーリーに放り投げられた木箱の蓋がゴンッ!と凄まじい音を立てつつ、落ちる中、シャーリーは木箱の中に収められているP-47を見つけるなり、まるでクリスマスの朝にプレゼントの新しいおもちゃを見つけた子供の様に目を輝かせていた。
「うひょ~!!これ使って良いの!?」
「まぁ……一応。言っておくけど、俺の予備機だからな……壊すなよ?」
「大丈夫、大丈夫!!ちょっと弄る程度だから!!」
「弄る……?お前、改造する気か?」
俺の子の問いかけに対して、シャーリーは「そうだよ!!」と満面の笑みを浮かべつつ、こう言い放つ。
「心配するなって!お前でも、ちゃんと乗りこなせる程度の簡単な奴にするから!!」
「……レポート書いて、俺に渡せよ。一応、現地での修理記録や改修記録を原隊に報告する義務があるんだからな」
内心……絶対に安心出来ないのだが、今日はもうこれ以上、彼女に絡まれたくないので、もはや投げやり的に、そう言い放つ。
そんな俺に対して、シャーリーは「へ?」と短くつぶやきながら、こう言葉を続ける。
「そんな事も記録するの?」
「あぁ、一応、原隊での任務に『ジェットストライカーとレシプロストライカーの共同使用&戦闘に関する技術&戦技研究』と言うものがあるからな。現に、今、お前が目の前にあるP-47も先輩達が弄ったお下がりだぞ」
「ほぉ~……幅広くやってんだね。分かった、分かった、書いておくよ!」
「んじゃ、宜しく……。俺は、今の試運転のレポート書いてくるから……」
そう言い放血ながら、俺はシャーリーから逃げる様に、ハンガーを後にし、そのシャーリーは「あいよー♪」と嬉しそうにつぶやきながら、何処から取り出したレンチを片手にP-47を弄りだす。
そんなシャーリーの様子を横目で見ながら、胸の内では、一抹の不安を感じつつも、「ま、そこまでバカな改造はしないだろう」と思いつつ、自室へと足を向ける。
まぁ……この後にある意味で、予想通りと言うべきか、このシャーリーの弄ったP-47が原因で、とんでもない悲劇が起きるのだが……。
それに関しては、また別の機会に話す事にしよう……。
…
……
………
<?Side>
ウィーラーとシャーリー達がハンガーで、あーだー、こーだとやっていた頃。
ミーナと美緒は、ミーナの部屋でコーヒーを片手に一息ついていた……。
「一応、無事に終わったわね……」
「……そうだな、ミーナ」
そう呟きながら、コーヒーに砂糖を入れるミーナの側で、美緒はブラックコーヒーを啜りながら、短く言葉を返す。その表情は何処か怪訝そうだ。
美緒のそんな表情を見ながら、ミーナは砂糖の入ったシュガーポットを片手に、彼女に問い掛ける。
「やっぱり、自己紹介中にルッキーニさんを投げ飛ばしたりしたことが気になる?」
「……あぁ」
美緒はそう呟きながら、コーヒーをミーナの机の上に置きつつ、こう言葉を続ける。
「彼が、元|特別奇襲部隊《コマンド》の小隊長だった事は知っている。だからといって、後ろから飛び掛かって来た奴の顔を見るよりも先に、ナイフを抜いて、応戦するのか?幾ら、後ろから攻撃される事が多い|奇襲部隊《コマンド》に居たからと言っても、流石にあれはやり過ぎだ……」
美緒のこの言葉に対し、ミーナも「……えぇ」と短くつぶやきながら、こう言葉を続けた。
「確かに幾ら、敵陣のド真ん中で作戦に当たる事が多い特殊部隊の元隊員だからと言って、ネウロイが全く居ない後方の基地で、背後から飛び掛かられただけで、ナイフを抜くのはやり過ぎだわ……。まぁ、彼の場合は、|シェルショック《戦争恐怖症》の傾向もあるのでしょうけど……」
「部下全員が戦死するのを目の当たりにしているからな……。堪えない方が可笑しい話だ」
「……まぁ、それ自体は彼自身に限らず、他のウィッチやウィザード、兵士でも起きる事だし、決して珍しいことでは無いわよ。だけど、彼の場合は、余りにも異質よ……。まるで戦闘用兵器の様に、何の躊躇いも無かったわ……」
「そうだな……」
そう二人は呟くと、先程のウィーラーの自己紹介で、彼が見せた異常な行動……ルッキーニを本気で刺殺しようとした瞬間を思い返し、黙り込む。
暫く黙り込んだ後、ミーナは、少なからず恐る恐るした様な口調で、ゆっくりとこう言い放つ。
「……やはり、彼の脳には、何らかの改造手術が行われている可能性があるわね」
「考えたくも無い話だ……」
「……えぇ」
このミーナの発言に対し、美緒は苦虫を嚙み潰した様な表情で、コーヒーを啜る。
対する、ミーナも美緒と横目に見ながら、彼女と同じ様に苦虫を潰したような表情で、コーヒーを啜った。
心無しか、二人の口の中に広がるコーヒーの苦みが、いつもより強く感じるのを噛みしめながら、ミーナは「……ふぅ」と一息つくと、椅子に腰かけ、机から、一枚のファイルを取り出す。
そのファイルはウィーラーに対して、行われた人体改造手術に関する記録や今後の計画に関して、まとめた物だ。
本来は計画を主導するOSSと、計画に参加している一握りの科学者や医師達にのみ渡される極秘資料であるが、ミーナと美緒は、かねてから計画に否定的・懐疑的なノーマンを通じて、独自に入手する……と言う、まさにコソ泥も同然の行為で手に入れた物だ。
だが、これ以外に、ウィーラーの体に何が行われたのかを明確に知る事の出来る方法が無いのも、またの事実であり、ウィーラーを兵器ではなく、”人間”として生かしたいミーナと美緒にとって、このファイルは絶対不可欠な物である。
ミーナは、そんな絶対不可欠な存在である極秘ファイルを開くと、後ろに居る美緒と共に、ウィーラーに施された改造手術の記録を確認していく。
そこに記録されている数々のグロテスクな手術中の写真、手術によって、ウィーラーの左腕として、取り付けられた節電義手の写真等に顔を顰めつつ、二人は一通りファイルに目を通す。
だが、そこには、『脳改造』の記述は一切見つかる事が無かった。
「やはり、記録には残っていないのか……」
そう呟きつつ、「ふぅ……」と息を付く美緒に対して、ミーナはこう告げる。
「でも、やはり何からあると思った方が良いわね……。ノーマン先生によると、”先生自体も知らない施術が、モニス博士の独断によって行われている可能性がある”って……」
このミーナの発言に、美緒は堪らず「はぁ……」と呟きながら、呆れ気味に、こう言い放つ。
「主治医が患者の状態を全部把握できない状況か……。全く……この世の中にこんなトンデモナイ事態があるものなのか……」
「本当にまったくよ……。一応、ノーマン先生の方でも、どういった手術がモニス博士の独断で行われているかを調査しているみたいだけど、私達の方でも、可笑しいと思った点があったら、注意しないといけないわね……」
美緒の発言に同意するかのように、そう呟きつつ、残ったコーヒーを飲み干すミーナ。美緒も続く様に、すっかり温くなったコーヒーを一気に飲み干す。
そうして、二人がコーヒーを飲み干すと同時に、ミーナが思い出した様に「あぁ」と呟くと、こう言葉を続ける。
「あと、ノーマン先生が宮藤さんの情報が欲しいと言っていたわね」
「宮藤の?」
この突然の発言に対し、美緒が頭に疑問符を浮かべつつ、ミーナに問い返すのを受け、ミーナは「えぇ」と呟きつつ、続けざまにこう説明する。
「万が一、ウィーラー大尉に何かあった場合に備えて、治癒魔法が使えるウィッチが居たら、その治癒魔法に関しての情報が欲しいって」
「それは構わんが……。宮藤の治癒魔法だけでは、ダメなのか?」
「えぇ、ウィーラー大尉の場合は、体の一部を機械化しているから、その機械化した部分の付近の治療や、機械自体が故障や破損して、交換する事になったら、直接、人の手でやるしかないから……って」
このミーナの発言に対して、美緒は「なるほど……」と呟きながら、こう続ける。
「確かに、治癒魔法で壊れた機械は直せなおからな。しかし、本当に面倒な体になってしまってるんだな。あいつは……」
「えぇ……。だから、少しでも人間らしさを取り戻せるように、私達が協力していかないといかないとね……」
「あぁ、そうだな……。じゃあ、早速、宮藤の治癒魔法に関しての情報を私の方で纏めておこう」
「えぇ、お願い」
そう言って、ミーナは、宮藤の治癒魔法に関する記録を纏めに、部屋から退室する美緒を送り出すのであった。
…
……
………
<ウィーラーSide>
ここにきて、初となるP-80の試運転を終えた俺は、自室で原隊に提出する試運転に関する記録をまとめたレポートを書いていた。
「平均油温は……、77.5度か」
さっきの試運転の際にチェックしていた、チェックリストを基に、レポートに書き留めていく。
あー……しかし、書類作業っていうのは、いつやってもメンドクサイ物だなぁ……。
正直、コマンドの頃にやった書類作成なんて、弾薬受理か、死亡報告書ぐらいな物だし……。
今までの軍務や人生全般を見ても、ペンより銃を握っている事の方が多い人生だよなぁ……。俺の人生って、ホント何なんだろう……?
「よし、終わった……」
自分で考えて、嫌になってくる中でも、一通りのレポートを書き終えた俺はペンを机の上に放り投げ、一息つく。
そう呟きながら、レポートをまとめ、原隊への提出用の封筒に放り込み、封筒の封を閉じると、俺は横目でチラリと部屋のドアに視線をやる。
視線の先にあるドアの鍵が掛かっている事を確認すると、俺は「……ふぅ」と一息つくと、ボヤく様にこう言い放つ。
「……やるか」
そうぼやきつつ、座っていた椅子から立ち上がり、ベッドに下に手を伸ばし、1つのトランクケースを取り出す。
少なからず埃をかぶっている、そのトランクケースの埃を払いつつ、俺はケースについているダイヤ式のロックを回し、鍵をあける。
開けたトランクの中に納まっているのは、見た事も無い特殊な形をした工具や接着剤や剥がし液の数々……。
そして、まるで小説『ピーターパン』に登場する「フック船長」の左腕を思わせる無機質な作業用の工具の付いた”作業用義手”だ。
「……はぁ」
これを見る度に、自分が改めて普通の人間ではない事を突きつけられるような気がして、憂鬱なんだよな……。
だけど、今からやるのは、少なからず今の俺が”人間らしさを保つのに必要不可欠な作業”であり、義務だ。
そう自分自身に言い聞かせるかの様に、俺は胸の内で呟きながら、俺は素早く作業を開始する。
まず最初に上着を脱ぎ、肌着だけになると、続け様に口の中にマウスピースを咥える。
口の中に入れたマウスピースを噛みしめながら、俺は右手で左腕の肩部分にうっすらとあるシミの様な模様を指で広げる。
広がったその部分から、黒々とした無機質なナットを連想させる機械部品が顔を出す。
それを確認しながら、俺はトランクの中から、T字型ソケットレンチに似た工具を手に取り、それをナットを思わせる様な機械部品に差し込む。
差し込んだ機械部品とレンチがカチリと噛み合うのを確かめると、俺は一回息を「ふぅ~……」と吐く。
そして、息を吐き終えると同時に、思いっきり全身全霊の力でレンチを回す。
「っ!!」
この間、左腕から、左肩に掛けて走る鈍い痛みを堪えつつ、数秒程、力を入れてレンチを回していると、次の瞬間、左肩から、全体にかけて、電気ショックの様な痛みと痺れが体全体を駆け抜ける。
「ぐあっ!」
この痛みに俺が思わず声を漏らすと同時に……。
ガチャン!
……とまぁ、普通の人間の体なら、間違っても鳴る事は無い金属音が鳴り響き、左腕が、まるで骨折したかのようにダランと力なく下に垂れる。
「はぁ……、はぁ……、はあ……っ!」
激痛によって、乱れる息を整えつつ、俺はブラブラと揺れる左腕を掴み、思いっきり全力で下に引っ張る。
その瞬間、先程と同じ様にガチャン!という金属音と共に、”左腕が引き抜ける”のだった。
「はー……、はー……」
俺は、まだ荒れている息を整えつつ、左腕が引き抜かれた、左肩に目をやると、そこにはギラリ!とした銀色の光沢を放つジョイントパーツが顔を見せていた。
そのジョイントパーツに目をやりつつ、先程、引き抜いた左腕を机の上に置くと、入れ替え様に、トランクの中に入っている作業用義手を右手で掴むと、ジョイントパーツに差し込んでいく。
で、その後は、さっきの逆手順で、数秒程、力を入れて作業用義手をジョイントパーツに差し込み、ナットをレンチで締めて、作業用義手を装着するのだった。なぉ、鈍い痛みは同様にある……。
こうして、取り付けた作業用義手。俺は、それが動くかどうかを確認した後、直ぐに先程、取り外した左腕を弄り始める。
そう……。俺が今から、やる事は、303高地で失った左腕の代わりに付いている節電義手のメンテナンスだ。
この体になって以降、もう既に何度かやった作業だが、やっぱり正直、違和感を感じえない……。
だって、そうだろ?普通の人間だったら、自分で左腕を外して、別も左腕を付けて、外した左腕を弄るなんて、絶対にないし。もしやるのは、ロボットぐらいなもんだぜ、ハァ……。
もう何度目になるかをも数える気すらしなくなるレベルで、付いている溜息を吐きながら、俺は次のメンテナンス作業を始める。
その為に、トランクから取り出したのは、義手についている人工皮膚カバーを外す為の”剥がし液”だ。
俺は左腕につけた、作業用義手の指先で、剥がし液のボトルを掴みつつ、右手でキャップを開けると、キャップの下についている筆で、剥がし液を義手に塗っていく。
剥がし液を塗られた人工皮膚カバーは数秒した後に、剥がし液の効果によって、ベロン!と義手から離れていく。
そうして、剥がれた人工皮膚カバーの裏側に付いた余分な剥がし液や、義手のオイルをウエスで拭い取り、続け様に水に浸したウエスで水拭きし、乾燥させる。
これで、節電義手を覆っている人工皮膚カバーのメンテナンスは完了だ。
んで、俺は休む事無く続け様に、メインとなる節電義手の整備に入る。
まず最初に、トランクから、専用の整備機器を取り出し、義手にある接続部分に繋ぎ、全部の繋いだ事を確認すると、整備機器の電源を入れる。
瞬間、低い金属音と共に電気が流れ、義手の中にある人工筋肉がピクリ!と少し動く。俺はそれを確認すると、機器についているボタンを回す。
その瞬間、義手の指が、まるで意思が宿ったかの様に動き、続けざまに別のボタンを回すと、今度は義手の腕部分が動いていく。
そう……俺が今やっているのは、義手の動作チェックだ。うーん……やっている自分でも、引く様なホラー映画の様な光景だ……。
だが、目の前で起きている事が、この義手が俺の左腕として機能している証である。現に、今使っている作業用義手とは、全く比べ物のにならないレベルで使い勝手が良いのだ。
そんな義手の動作チェックを終えた俺は、整備機材の電源を切り、整備機材を机の上に置き、入れ替え様にオイル缶を右手に取り、左の作業用義手に移すと、缶を上下に振る。
数十秒程、上下に振って、中のオイルを撹拌すると、先程の剥がし液と同様に右手でキャップを開け、キャップと入れ替え様に、手にしたスポイトでオイルを吸い上げ、そして義手の注油部分に油を指していくのだが、これが地味にメンドクサイ……。
というのも、やる内容こそは、スポイトでオイルを取って、指定された場所に注油すると言う簡単な物ではあるが、なんせ差す場所が多いのだ……正直、数えきれない程だ。
だが、やらないと動作不良を起こし、人間らしかぬ、ぎこちない動きになるだけではなく、異音を発生させ、否が応でも、俺の体に何かある事を周囲に悟られるきっかけになりかねない。
もし俺の体が兵器になっている事を知られたら……あぁ、考えるだけでも、頭が痛くなってくる……。
そうならない為にも、この義手のメンテナンスは絶対不可欠なのだ。
そんな面倒があふれる義手の整備だが、黙ってコツコツとやっている内に、何とか全部の整備を終える。
「……よし」
整備に伴い、義手本体に付いた、余分なオイルや鉄粉をウエスで拭き終えた俺は、そう呟きながら、左手につけた作業用義手を外すと、これまた先程と逆手順で、節電義手を左腕に取りつけていく。
なぉ、節電義手を付け、外しする際の激痛は相変わらず……全くツラいわー(棒)
「あー……」
そんな激痛を噛みしめつつ、俺は左肩に付けた、節電義手を動かしていく。
人工皮膚カバーを付けていない、金属を剥き出しにした節電義手が、俺の意思で、普通の人間の手や腕と同じ様にガチャガチャと同じ様に動くのを見て、とりあえずホッとする。
「……ふぅ」
そう短く息を吐き、一仕事終えた事に安堵しながら、とりあえず机に置いてあったコーヒーの飲み干すと、俺は先程から、乾かしていた人工皮膚カバーと接着剤を手に取り、最後の仕上げ作業にかかる。
まず最初に肩部分の人工皮膚カバーを手に取り、裏返すと、接着剤を塗り、まるで、破れた壁紙かカバーを修理するかのように、義手に装着し、脇にはみ出た接着剤を拭っていく。
これと同様に上腕部と、前腕部の人工皮膚カバーにも、接着剤を塗り、義手に張り付ける作業をし、残すは手の部分だけとなった。
「……よし」
はみ出た接着剤を拭ったウエスを机の上に置きつつ、まるでゴム手袋を思わせる、手の部分用の人工皮膚カバーを手に取り、手に付けようとした時だった。
『ウィーラーさん、居ますかー?』
「っ!?」
と、余りにも突然、最悪のタイミングで、ドアのノック音と共に宮藤の声がドア越しに掛けられる。
クソッ!一番、目立つ手の部分の人工皮膚カバーを付けてない状況で訪問されるとか、マジで最悪のタイミングだ!!
「おっ、おう!ちょっと待ってくれ!!」
『あ、ハイ』
焦りと憤りが混じった感情が胸の中で沸いてくる中、俺は、宮藤の呼びかけに応答しつつ、荒々しくトランクの中に作業用義手やら、整備道具を放り込んでいく。
んで、全ての道具をトランクの中に詰め込み終えるなり、荒々しくベッドの下に放り込む。
その際、凄まじい音が鳴り響くが気にしてはいけない……この世には触れてはいけない絶対的な領域ってのがあるからな。うん!
胸の内でそう思いながら、ベッドの下に放り込んだトランクが、奥に隠れた事を確認した俺は、すぐさま机の引き出しを開け、中から、”とある物”を取り出す。
それは、”厚手のグレーの手袋”だ。
主な使用目的は、今の様に、手に人工皮膚カバーを付けていない状況下で、人前に出る時なのだが……。
ぶっちゃけた話、元の皮膚と人工皮膚カバーの色合いが、かなり違うので、正直、殆ど人前に出る場合は付けているな……。
まぁ、我ながら、そこまで人の手を注目して見る人なんて、殆ど居ないし、居たとしても、「ちょっと日焼けした」とか、「ちょっと大きい傷跡が……」的な事を言えば、殆どの人は納得するしな……。
つーか、それ言っちゃ、左目周辺の人工皮膚カバーに至っては、もうバレてるも同然だよな……。まぁ、こっちの方は常に人目に付く部分と言う事もあってか、超が付く程に細かく色合いが調整され、付けている俺ですら、調整した奴に指摘されない分からないレベルにまで、同化しているから、問題ないのだろうけど……。
と言った感じで、我ながら、考えすぎだとは思うのだが、やはり己の体を兵器に改造されているという事実から、無意識の内に、気にしてしまうんだろう……。
そう胸の内で思いながら、グレーの手袋を機械が剥き出しになっている左手にはめると、手を結んで、開いてを繰り返して、義手の動作及び、手袋に破れ等が無いことを確認する。
「……よし!」
全ての問題が無いことを確認にした俺は、直ぐにドアの鍵&ドア本体を開け、ドアの前で待っていた宮藤と対面する。
「悪い!待たせたな」
「いえ、大丈夫ですよ!」
宮藤は、そう言いつつ、俺の言葉に短く返すと、続け様に、こう言い放つ。
「さっき部屋から、凄い音していましたけど、何かあったんですか?」
「あー……いや、さっきまで、原隊の上官から頼まれていたP-80用の部品の調整をやっていてな……。ちょっと工具を落としただけだ」
宮藤の問いかけに、俺が少なからず遠い目をしながら、とりあえず「ありきたりの、それっぽい理由」を、でっち上げる。
俺の言い放った「ありきたりの、それっぽい理由」に対して、宮藤も特に深く疑問を持つ様な事無く「あ、そうなんですか」と、納得した様子だ。
そんな宮藤に対して、今度は俺が問い掛ける。
「それで……一体、何の用だ?」
「リーネちゃんの実家から、紅茶が送られてきたんです。それで、皆で飲もうっていう事で、ウィーラーさんにも声を掛けて来て……と頼まれたので」
「紅茶か……」
コマンドだった頃には、一切の縁が無かった飲み物だな……。宮藤から、「紅茶がある」と聞かされると同時に、そんな考えが俺の脳内を過った。
というのも、隠密作戦が基本のコマンドにおいて、作戦中に”火を使う行為”というのは、まさに『自殺志願者』も同然の行動だったからだ。
素人からすれば、なんてことも無いタバコの煙すら、コマンドにおいては、命取りだ。実の所、たばこの煙は風の向きなどによって、多少の違いは出る物の最大で”約200メートルも流れていく”事もある。つまり、200メートル先の敵に「自分たちは、此処に居るので、殺しに来てください」と言ってるも同然なのだ。
だからこそ、コマンドにおいては、先に述べた、タバコの煙は勿論、レーションを温めて食べるなんて行為は、まさに夢のまた夢みたいな物であり、無論、紅茶やコーヒーと言った暖かい飲み物なんて蜃気楼と同じ様な存在ですらあった。
唯一の例外は、撃墜されたウィッチの捜索救難任務において、救助したウィッチの飯ぐらいだろう……。バカに良い表情で食っていたな……。ま、飲まず食わずで、敵陣を逃げ惑っていた彼女達からすれば、やっとこさありつけた食い物だから、そりゃ嬉しい物だろう。
そんな食事中の彼女達の傍で、俺達、コマンド隊員達は鬼の形相で、目を血ばらせつつ、地の果てを見つめ、銃のトリガーに指を掛け、「目の前で動いた物は全て容赦なく撃て!」と言わんばかりに、神経をすり減らしつつ、彼女達の優雅な食事時間を見守っていた訳だが……。
今となっては、懐かしいコマンド時代の思い出を思い返しつつ、それと同時に、ココが周囲を気にせず温かい物が飲める後方拠点である事を、ふと再確認する。
「ウィーラーさんも、一緒にどうですか?紅茶は、熱いのが、美味しいですよ?」
そう胸の内で思っている中、宮藤が、俺に対し、どうするかを聞いてくる。
正直な所……|ココ《501》の連中とは、”良い初対面”をしていないし、今後も、此処にいる以上は、多少なりとも関係を持つ事になる訳だから、必要最低限の付き合いぐらいしておくべきだろう……。
そう判断した俺は、宮藤に対して、こう短く言葉を返す。
「……あぁ、貰おうか」
「じゃあ、ウィーラーさんの分も用意してきますね♪」
そう言って、宮藤は笑顔を浮かべつつ、紅茶の用意をする為に走り出すが、途中で、何かを思い出した様に「あ!」と呟きつつ、俺の方を振り返ると、こう言い放つ。
「そういえば、ウィーラーさんのカップがまだ無い……って、リーネちゃんが……」
「じゃあ、自分の持ってくるさ」
この俺の発言に対し、宮藤は「えっ?」と言わんばかりの表情で、こう言い放つ。
「持っているんですか?」
「コマンド時代の支給品だがな……」
「じゃあ、スイマセンけど、それ私に渡してください。洗ってきますので!」
「そうか、悪いな」
と、俺が軽く礼を言うと、宮藤は「気にしないでください!」と満面の笑みを浮かべながら、答える。
コイツ、軍人としてはあれだが、人としては、よー出来ている奴だな……。
宮藤の笑みを見て、そう思いながら、俺は自室に置いてある私物入れの木箱を開けると、中に入っていたコマンド時代に支給された、鉄製のミリタリーマグを取り出し、宮藤に渡す。
それを受け取った宮藤は「うわぁ~……」と、感嘆の声を上げつつ、ミリタリーマグを、物珍しそうに、見つめると、こう一言。
「凄いですねぇ~……」
「そうか?リベリオン陸軍じゃあ、普通の支給品だぞ?」
そう俺の説明を聞きながら、宮藤は「へぇ~……そうなんですか?」と答えつつ、更にこう述べる。
「じゃあ、洗ってきますので、休憩室の方に来てくださいね」
「あぁ、分かった」
宮藤の呼びかけに、そう俺が答えるのを聞き、宮藤は俺のミリタリーマグを手に走っていく。
そんな宮藤の走り去る様子を後ろから、見ながら、俺は改めて思うのだった……。アイツの様な、”良い人間”が戦場に居るとはな……と。
あー……とりあえず小便でもしてから、茶会に向かうとするか……。
そんな考えを吹っ切るかのように、俺は考え、便所へと足を向けるのだった……。
…
……
………
んで、小便をし終えて、茶会会場へと俺が向かうと、そこには既に集合していた501の面々が、各々のティーカップを手に、先に茶会を始めようとしていた。
「あ、ウィーラーさん。今、紅茶、入れますね」
「悪いな」
俺がやって来た事に気づいたリーネが、ティーポットを手に、俺の渡したミリタリーマグに紅茶に注ぐのを見ながら、俺が開いている席に腰かけると……。
「よっ♪」
「またお前か……」
最早、テンプレートと言うべきか、シャーリーが、まぁ~……実に意気揚々と言わんばかりの表情で、俺の下へとやってくる。
そんなシャーリーを横目で見ながら、俺がリーネから、紅茶の入ったばかりのミリタリーマグを受け取る傍で、シャーリーが、こう切り出す。
「お前が弄って良いって、言っていたP-47だけど、早速弄らせてもらったぜ!」
「あぁ、そうかい。弄った内容をまとめたレポートは?」
「そんなの後で、後で!ちゃんと渡すから、心配するなって!!」
「……ホントかよ?」
そう言って、実に満足したような表情を浮かべるシャーリーに対し、俺が疑問を拭いきれない表情で問い掛ける傍で、シャーリーは「あぁ!」と、相変わらずの良い笑顔で答えると、手にしていたティーカップに注がれている紅茶を一口、喉に流し込み、こう一言……。
「あー、今日の紅茶は一段と旨いわー♪」
「………」
とまぁ、まるで風呂上りにビールを一気飲みするオッサンの様に、これまた実に良い笑顔を浮かべているのだった。
っていうか、ウチの原隊の姉御方……特にアリシア中佐が、もろにコレだ……。うーん、コイツも姉御型と同じ系列の人間か……。
俺って、ベイカー達やノーマン先生を除けば、ホント、人運に恵まれないなぁ……。はい、チクショーメェェェェーッ!!
とまぁ、心の中で、一人絶叫しながら、ミリタリーマグに並々と注がれている紅茶を喉へと流し込んでいると、俺の事を見ていた、バルクホルンが話しかけてくる。
「おい、コマンド」
「コマンド……って、俺の事か?」
「あぁ、元コマンド部隊の奴は、お前しかいないだろ?」
そう言って、まさに「お前は何を言ってるんだ?」と言わんばかりの表情で、俺に視線を向けるバルクホルン。
うーん……こいつ、やることなすこと、規則やルールを原則とする堅物のくせに、人のあだ名を勝手につけるタイプかよ……。
そのあだ名も、何の捻りも無いストレートな事実を基にしている所は、カールスラント人ならでは……と言った所か……。
ま、その方が多少なりとも人間らしくて、良いんだろうけど……。
俺は胸の内で、そう思いながら、バルクホルンに「……まぁな」と短く返すと、俺とバルクホルンのやり取りを聞いていた、シャーリーが、呆れた様な表情で、こう言い放つ。
「お前、相変わらずネーミングセンスないなぁ~……。私だって、リベリアンだし」
「何を言う、リベアン。お前のリベリアンっていうのも、お前がウィーラーが着任するまで、唯一のリベリオン人だったから、その事実に基づき、リベリアンと命名したんだ」
「はっ!ただ単純に目の前の事実を拾って、付けただけじゃないか……そのお前の理論で行ったら、お前のあだ名は『カタブツ』じゃないか」
「んなっ、なっ、何をー!?」
茶化すようにそう言ったシャーリーの言葉を聞き、顔を真っ赤にしたバルクホルンがティーカップを机に置くなり、ズカズカと詰め寄る中、シャーリーは俺の後ろに回り込むと、こう一言……。
「それ行け、コマンド部隊!!」
「は?」
俺がその内容に対し、咄嗟にティーカップをテーブルに置きつつ、己の耳を疑うよりも先に、シャーリーは俺の背中を押し、詰め寄ってくるバルクホルンに対し、俺を近づけていく……って、オイオイオイ!!!!
「はっ、えっ?チョ、待てよっ!」
と俺が、シャーリーを止めようとした時には、もう既に俺の顔面に顔全部を真っ赤にしたバルクホルンが、怒りの混じった声で、こう言い放つ。
「そこを退かんか、コマンド!!」
「いや、俺も退きたいんだが……!?」
と言って、とりあえず目の前にバルクホルンを宥めようとするが、もう既に頭に血が上っているバルクホルンは右手を握りしめるなり……。
「退かぬと言うのなら、うおおおぉーッ!!」
と言いつつ、思い切り握りこぶしを顔面目掛けて、振りかざそうとする……って、ちょ、マテやゴラアアーッ!?
「ぬんっ!!!!!!!」
「!!!」
そう言って、俺が心の中で絶叫すると同時に、振り下ろされるバルクホルンの拳。
咄嗟に俺はそれを素早く右手で払いのけると、逆に振り下ろされたバルクホルンの腕をつかみ、思いっきり反対方向に引っ張る。
「っ!?」
そうすると、バルクホルンは引っ張られた勢いそのままに、反対側へとすっ飛んでいくなり、そこにあった空の木箱にガシャーン!!と、コメディ映画の様に突っ込んでいく。
「おぉー!!」
「アハハハハッ、こりゃ傑作だね!!」
「「「「………」」」
その様子を見ていたシャーリーが感嘆の声を上げ、ハルトマンが腹を抱えて笑う中、他のメンバーは呆然としていた。
んで、俺はその様子を見て、我ながら、とんでもないことをしてしまった事を、今更ながら悟った俺は、直ぐに壊れた木箱の上で呆然としているバルクホルンに話しかける。
「おっ、おい!大丈夫か!?」
「あっ……、あぁ……。流石は元コマンド部隊だな……」
何処か呆然としつつ、ばつが悪そうに答えるバルクホルン。そんなバルクホルンに対し、俺は口調を強めながら、こう言い放つ。
「お、お前、頭に来たからって、いきなり殴りかかってくるなよ!?俺が元コマンドの人間だから、良かったような物の、並の人間がお前にパンチされたら、顔面吹っ飛んで、即死するレベルだぞ!!次から、気をつけろ!!」
「あっ……、あぁ……。すまなかった……」
そう言って壊れた木箱のクズを払うバルクホルンを見ながら、俺は「ギッ!」という音が聞こえかねない勢いで、シャーリーの方を向くと、こう言い放つ。
「お前も、むやみやたらに人を茶化すんじゃねぇぇぇーっ!!」
「えっ、あたしも?」
「たりめぇだああーっ!次から気をつけろってんでぇい!!バーローがぁっ!!!」
俺の指摘に対し、あっけにとられたような表情のシャーリーに対し、俺は彼女に一発派手に雷を落としながら、席に座る。
そうして、机の上に置いてあったミリタリーマグを再び手に取り、再び紅茶を喉へと流し込んでいく……。
「ぬっる……」
んで、さっきのドッタンバッタン大騒ぎの最中に、すっかり温くなった紅茶が喉に流れる感覚を感じると同時に折角の温かい物を逃した事に、苦虫を潰した様な表情になる俺。
そんな俺を表情に気付いたリーネが、こう話しかけてくる。
「あの……。温かい紅茶を入れましょうか?」
「まだ、あるの?」
「えぇ」
「じゃあ、頼む」
リーネに、ミリタリーマグを渡し、新しい紅茶が来るのを待っていると、今度はハルトマンが「ニカーッ!」と実に楽しそうな笑みを浮かべながら、紅茶の入ったティーカップを片手に、俺の元にやってくる。
「いやぁ~……。君、強いねぇ~……。やっぱりコマンドって、殴り合い強いの?」
「まぁな……格闘戦訓練は、事あるたびにやっていたし、ネウロイによじ登って爆弾仕掛ける……なんて訓練も日常だったぜ」
「うわぁ~、厳し~……。私だったら、絶対、翌日の朝、起きられないよ……」
俺の語るコマンド時代の経験を、苦虫を嚙み潰した様な表情で聞きつつ、紅茶を啜るハルトマンに対し、俺はサラッと残酷な事実を告げる。
「因みに、睡眠時間は10時30分で、起床時間は毎朝4時30分だったな」
「ブフーーーッ!?」
この俺の発言に、ハルトマンが可愛らしい顔に決して似つかない凄まじい表情&勢いで、紅茶を口から噴き出す……ってか、汚ねぇなぁ~……オイ……。
胸の内で、そう思いながら、噴き出した紅茶を布巾で拭いてるハルトマンを見ていると、当の本人は「信じられない!」と言わんばかりの表情で、こう聞いてくる。
「起きるのが4時30分って、ホント!?まだ日が昇っていないよね!?そんな時間に起きるの!?」
「朝4時に起きるのが、決まりになってんだから、そりゃそうだろうが……っていうか、ウィッチ隊って、何時に起きるんだよ?」
「朝の11時……「それはお前だけだ!!ココでの起床時間は6時丁度だ、たわけ!!」ギャフン!!」
俺の問いかけに答えようとしていた所に、復活したバルクホルンによって、頭に拳骨を叩き込まれるハルトマン。
とりあえずさ、俺だって軍隊生活長いからね……。朝11時に起きる物じゃないって事は、流石に違う畑から来た俺でも分かるよ……。
呆れと言うか、バカバカしい……と言いますか……とりあえず何とも言えない微妙な感情が湧いてくる。
そんな感情と共に、俺が頭にでっかいタンコブを作っているハルトマンを見つめていると、そのハルトマンの頭にタンコブを作ったバルクホルンが、赤くなった拳を「ハァ~……」と冷ましつつ、俺に聞いてくる。
「まぁ、起きるのが早いと言えど、流石に睡眠時間は、コマンドでも、保障されているんだな」
「後方での、訓練期間中はね。ま……一度、作戦開始となれば、ロクな睡眠時間はどころか、飯を食う時間も、糞する時間も、全く無いぜ」
「作戦中、どのくらい寝れればいいんだ?」
「1週間ぶっ通しの作戦中に約4時間の仮眠が取れれば、良い方さ」
「1週間連続の作戦中に4時間の仮眠だけか……。確かに、それはキツイな……」
流石にこれは、歴戦のウィッチであるバルクホルンも出来る事なら勘弁して欲しいのか、「お前も苦労していたんだな……」とでも、言いたげな表情で、俺を見つめてくる。
確かに、好きで1週間に4時間しか寝れない生活を選ぶ奴なんて、よほどの過労死志願者ぐらいの物だろうけどな……。まぁ、そうはいっても……。
「こればかりは、隠密作戦に従事するコマンドの性質上、しょうが無いし、そんな無茶苦茶な生活でも、やっている内に自然と慣れるもんよ……」
「……慣れるのか」
と言った感じで、バルクホルンを相手に、俺のコマンド時代の経験を語っていると、リーネが、新しい紅茶を入れた、俺のミリタリーマグを片手に、やってくる。
「はい、どうぞ」
「悪いな」
そう言ってリーネから紅茶を受け取りつつ、彼女のを横目に見ながら、俺はこう言葉を続ける。
「あー……そう言えば、コマンド時代の指導教官は全員がブリタニア軍から来ていたな……。まぁ、ブリタニア軍が、この戦争において、初めてウィザードによる特殊部隊における特殊作戦を行ったんだっけ?というか、そもそも、ブリタニア軍には、伝統的にウィザード部隊があるんだっけ?」
この俺の問いかけに、リーネは、椅子に腰かけつつ、「えぇ」と短く答えると、更に言葉を続けた。
「中世の頃から、ブリタニア軍には、ブリタニア王室の近衛兵部隊として、ウィザードで編成された部隊が常設されていて、ブリタニア王女の護衛や式典における儀仗に当たっている歴史がありますよ」
「へぇ~、そんなに歴史があるんだね」
と、リーネの説明を、彼女の側で聞いていた芳佳が、感心した様な口調で、そう答えると、続け様にこう俺に問い掛けてくる。
「ウィーラーさんの居たウィザードで編成された、コマンド部隊みたいな特殊部隊って、リベリアンやブリタニア以外にも、扶桑や、オラーシャにもあるんですか?」
「あぁ、ある事にはあるぞ。俺が知ってる範囲だと、扶桑は陸軍に義烈空挺隊、海軍に海軍陸戦隊落下傘部隊があったし、オラーシャだと、海軍特殊コマンドや空挺軍特殊任務隊って所だな。全部、一回は共に仕事した仲だ」
そう言って、一しきりの説明を終えた俺が紅茶を喉に流し込んでいると、俺の話を聞いていたサーニャが思い出した様に、こう言い放つ。
「オラーシャ海軍の特殊コマンドには、私の知り合いが居るんですよ」
「へぇ……s「ソんな話、初耳ダゾ!?」人の話に割り込むな……エイラ……」
と言った感じで、超が付く程のショックを受けた事がまるわかりな表情で、人の話に割り込んでくるエイラに対して、突っ込みを入れるが、当の本人は……。
「サーニャ、一体ドウイウコト!?」
「落ち着いて、エイラ……」
「まぁまぁ……落ち着けよ、エイラ……。サーニャも、その知り合いとは、知り合いの関係なんだろ?」
もう”心、此処にあらず”と言わんばかりに、狼狽にも近い混乱状態で、サーニャに問い詰め、そんな彼女に問い詰められているサーニャも困惑し、流斬も必死にエイラを宥めている。
あー……エイラは、”あっち方面”の人間なのね……。まぁ、ストレートでも、とっかえひっかえで、宜しくヤってるよりは、純粋なだけ、遥かにマシよ……。
っていうか、”親の宜しくヤッてる”所程、ガキが目撃して、トラウマになるものは無いよ……、うん……。
まぁ、俺の場合は、母親の職業が”娼婦”だったって事なんだけどね……っていうか、俺の中にある母親の記録は、それぐらいなんだよね……。
紅茶片手に俺の幼い記憶の中、微かに残っている母の記憶を辿っていた時だった。
「あら、皆、楽しそうね♪」
「お、紅茶か」
と呟きながら、笑顔のミーナ中佐と坂本少佐が、茶会に合流する。
「どうぞ」
「ありがとう、リーネさん」
「悪いな」
最早、紅茶担当となっているリーネから、紅茶の入ったティーカップを受け取ったミーナ中佐と坂本少佐。
俺が、そんな二人の様子を横目で見つつ、手にした紅茶を啜っていると、坂本少佐が俺に向け、こう言ってくる。
「どうだ、ウィーラー?前線基地でティータイムなんて、コマンド部隊じゃあり得ないだろう?」
「……えぇ、そうですね。敵陣での作戦中は、火を起こすのは絶対にご法度でしたらからね。一応、野外調理用の固形燃料とかは支給されていたんですけど、殆ど、爆薬の着火剤代わりに使用していましたよ」
そういって、俺がコマンド時代の経験を語ると、続けざまにミーナ中佐が、こう問いかけてくる。
「あら、それじゃ、戦闘以外で、貴方達が火を使う時は、何を使って、火を起こしていたの?」
「ピーナッツバターですよ。あれに火をつけると、よく燃えるんです。だから、コマンドでは、ピーナッツバターは、食料というより、燃料扱いでしたね。あとツナ缶でも、ツナの油に糸を浸して、火をつけると、これもよく燃えますよ」
「へぇ~、それは知らなかったわ」
俺の経験談&豆知識に対し、そう感心したような表情を浮かべるミーナ中佐。
まぁ……こんな知識を習得している奴なんて、コマンドの隊員以外じゃ、よほどの物好きか、南極とか行くような冒険家ぐらいのもんだろうなぁ~……。
ふと、ミーナ中佐の表情を横目で見つつ、そんな事を思いながら、周りを見渡してみる。
「だから、そうじゃないと……」
「お前は固すぎるんだよ!」
「このクッキー、すごい美味しい!!」
「えぇ、実家の方でも、美味しいって評判なんですよ」
「うわぁ~……リーネちゃんのご実家では、こんなものが食べられるんだねぇ~。羨ましいよ」
そこでは、シャーリーや、バルクホルンと言った他の面々も、気楽に肩の力を抜いた様子で、各々のコミュニケーションを繰り広げている。
そんな彼女の達の様子を見て、ふとベイカー達と過ごした日々が頭の中を過っていく……。
『おい、ウィーラー。消火器ないか?』
『何に使うんだ、ベイカー?』
『コーラとビールを冷やすんだよ。うーん、戦車隊から、調達するかな?』
『アホ。この前、戦車隊の整備ヤードから、勝手に調達した件で派手に整備班長に怒られたんだよ。普通に糧食班に行って、冷蔵庫を間借りさせてもらえ』
『糧食班の連中が、冷蔵庫を貸してくれねぇんだよ!』
『何で?』
『今度、ウィッチ隊が派手な作戦をするみたいなので、そんな彼女達への特別メニューで使う食材でいっぱいだって言ってましたよ……』
『姫様たちが優先ってわけか……』
『いつもの通り、俺たちの扱いは雑な訳ですよ!』
そこら辺の原っぱの一角に広げた、前線拠点の野営地で交わした、何気なく戦友達と交わす普通の会話……。
それさえも今となっては、懐かしく、手に入る事のない寂しい思い出と化してしまった……。
内容こそ、何気もない年頃の女子らしい可愛らしいシャーリー達の会話を聞き、そんな何とも言えない複雑な感情が沸き上がると共に、俺の胸の内で、何処となくナイフの様に刺さるかの様に、チクリと痛む感覚が走る。
「……はぁ」
そんな胸痛を抱えながら、俺は、まるで胃薬でも飲むかのように、紅茶を一口喉へと、流し込んだ時だった……。
『ウゥゥゥウゥゥゥ~~~~~~~~~~~~~~~~!!』
……と、耳をつんざかんとばかりの大音量で、サイレンが基地中に鳴り響く!
同時に、さっきまで笑顔で茶を楽しんでいたシャーリー達の顔に、一瞬で緊張が走る!!!
「ネウロイだ!全員、緊急発進!!」
すさまじいサイレン音の中、坂本少佐が、俺達に出撃命令を叫ぶ中、俺は最早、条件反射的に体が動いていた。
「回せぇぇぇーっ!!」
そう大声で叫びつつ、手に持っていた紅茶の入ったミリタリーマグを壁に向け、放り投げつる。
ガンッ!と凄まじい音と共に、マグに入っていた紅茶が飛び散るのも、気にせず、俺は全速力で、俺はハンガーへ向けて走り出す。
そんな俺と同じ様に他の501の面々も続いて、ハンガーへと足を向けようとするが……。
俺が”先程、投げつけたミリタリーマグが、壁にめり込んでいる”という事に呆然としていた。
「すげぇ……」
「こんな事、あるんだね……」
「あいつだけは、本気で怒らせないでおこう……」
まるでシュールなギャグ漫画の様な光景を前に、思わず敵襲下にある事を忘れ、そのシュールな光景に見入るシャーリー達に対し、美緒はすかさず雷を落とす。
「お前達!そんな事に、感心してる場合か!!早く行け!!!」
「「「「はっ、はいっ!!!」」」
この美緒の檄に我を取り戻した様子で、すぐさま、ハンガーへと向け、全力で走り出すシャーリー達であった……。